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第3話

 百井が類以を連れて風呂に行っているその間に、両親は畳の空間に座り、大音量でテレビを視聴している。


「ねぇ」

「ん?」

「孫との散歩、楽しかった?」

「そりゃあ、もちろん」

「どんな会話したの?」

「家ではどんな生活してたの~? とか、一緒に暮らしていた人たちは優しかった~? とか、そういう感じだよ。あとは、3歳の子供でも分かるような話とかな」

「それで、類以君は何て言ってたの?」

「恐らく類以君の養親だろうけど、その方たちが類以の面倒をちゃんと見てくれてたようだった。生活も特に不自由は感じてなかったみたい」

「そう」


 テレビを観ながらの会話だが、熟年夫婦らしく、穏やかに進められる。


「まさか、夢ちゃんが孫連れて帰って来るなんてね」

「そうだな。しかも急にな」

「うん」


 春江はテレビ台の上に置かれてある写真立てを眺める。


「ねぇ、お父さん」

「何だい?」

「晴ちゃんの旦那さんの名前って、智秀さんだったわよね?」

「そうだったかな」


湯呑に入ったお茶を啜りながら飲む父。惚けているのか、本当に名前を忘れているのか、春江にはお見通しだが、あえて何も言わないで話を続ける。


「智秀さんったら、あの結婚の挨拶以降、一度も来てくれないわね」

「忙しいんじゃないのか?」

「そうなのかしらね」

「そうだよ。それに、晴ちゃんを家に置いて来られるわけないだろう」

「そうでしょうけど」


 春江は溜息を吐く。そして、机の上にあるミカンに手を伸ばし、皮をむき始める。


「何か気になることでもあるのかい?」

「もしかしたら、私たちに会いたくない理由でもあるのかしら、と思ってね」

「あはは。避けられてるってか。まぁ、仕方ないよ。妻の両親との関係なんだから」

「それもそうね。私の考えすぎかしら」

「そうだと思うよ。まぁ、いつかは会いに来てくれるんじゃないか、孫も連れて」


想像するだけで口元がにやけている父。その様子を見て、春江は「まぁ」と言って微笑む。


「お父さんったら、可愛がる気満々じゃないの」

「当たり前だろう? 孫なんて目に入れても痛くないんだからな、ははは」

「そうね。孫のためにも長生きしましょうね。お父さん」

「あぁ、そうだな」


 母親が湧かす熱々の風呂に入ってから、百井が過ごしていた部屋に戻った類以と百井。類以には、とりあえず掴んできた、可愛いライオンがデザインされた服を着させているが、何が気に入らないのか、突然ぐずり出した類以。百井は抱き上げ、ベッドに座らせる。


「類以、何で今泣くわけ?」


百井がしゃがんで類以に手を差し出す。類以は首をガンガンに振って、百井の手を振り払う。


「痛ぇな。何叩いてんだよ」

「っっっ・・・・・・」

「おい、何か答えろよ」

「んんんッッ!」

「言えよ、さっさと! あんたのせいで、また私が怒られるんだから」


類以の手を握る百井。類以は痛がって大声をあげて泣き出す。


「静かにしろよ。時間考えろや。お前、もうすぐ3歳だろ? 私が言ってることぐらい、すぐ理解しろよ」


百井は自分の感情をすべて表に出し、類以は自分の感情を引き出しの奥底に仕舞い込む。


「ちょっと、夢ちゃん、大丈夫?」


階段の下から聞こえてきた母の声。百井は類以の口を手で押さえ、泣き声が聞かれないようにする。


 扉を開けると、階段の踊り場から様子を窺う春江の姿があった。類以の口元を押さえていることがばれないよう、上手く隠れて言葉を発する。


「大丈夫だよ! 寝る環境が違うから、ちょっとパニックになってるっぽくて」

「何なら、類以君が寝るまで手伝おうか?」

「大丈夫だから! 来なくていいよ~」

「そう。困ったら助け呼びなさいね」

「はーい。ありがと~」


 バタン、という音を立てて扉を閉める。そして、手を離す。類以は大人しく泣き止んでいた。


「あ~。もう、どうして泣くわけ?」

「いつもと、ちがう」

「何が?」

「おようふく、これ、おそとにきていくやつなの。ねるときは、これじゃない」

「じゃあ、今日持ってきた中にある?」

「ううん。ない。だって、しんかんせんのてぃーしゃつだもん!」


百井は心の中で呟く。何でないんだよ、と。しかし、これは絶好のチャンスだと考えた。ちゃんとアイツが仕事をしているのか、確認ができる。


「そっか。じゃあ、明日、私が家まで取りに行ってくるよ」

「ぼくも、いきたい」

「駄目。類以は来ないで。ここで、おじいちゃんとおばあちゃんとお留守番してて」

「なんで、いったらだめなの?」

「私は、お仕事のついでに寄って来るの。だから、駄目なの」

「あしたのあしたは、かえっちゃだめ?」

「明日の明日も駄目だし、その先もずっと駄目。類以はずっと、ここで暮らすの」

「どうして?」


 執拗に、しかも悪気が無いといった目で話しかけてくることが、百井にとってはストレスで、口調は強さを増していく一方だった。


「帰ったら駄目だって言ってるでしょ。これ以上しつこく訊いてこないで。叩くよ」

「いたいからやだ」

「じゃあ大人しくしてればいいの。帰らないって言えばいいの」

「・・・・・・、かえらない」

「そうそう。いい子だね~、類以は」


 態度を一変させ、類以の頭を撫でる百井。類以は嬉しそうな表情は浮かべず、百井のことをじっと睨んでいた。



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