第11話
時刻は午前11時34分、昨日からの続きで荷造りを行っている金子。荻野は類以がクレヨンで絵を描いている様子を眺めながら、凝り固まった首や肩を手で揉んでほぐしていく。
使わない荷物をすべて詰め終え、段ボールにガムテープを貼る。少し名残惜しそうに。
「あぁー、やっと終わった!」両手を挙げて、身体を左右に捻る。
「お疲れ様」
「お疲れ様です・・・、って、うわっ、えっ! もうこんな時間?」
「フフッ、集中してたんだね」
「ですね・・・」
えへへ、と笑いながら恥ずかしそうに頭を掻く金子。荻野は椅子からゆっくりと腰を上げ、近くに置いてあるリュックサックを背負う。
「ちょっと買い物行ってくるから、金子ちゃん、類以と留守番しててくれる?」
「買い物なら私が代わりに行きますよ。何なら類以君も一緒に」
「そう? でも、運動も兼ねて行こうかと思ったんだけど、どうしようかな」
荻野はふと類以に視線を移す。オレンジ色のクレヨンを握ったまま、2人のほうをじっと見つめていた。
「あっ、じゃあ、3人で一緒に行きませんか? 百井さんだって帰宅が遅くなるって言ってましたから」
「そうね。別に私たちが居なくても百井さんには関係ないもんね。類以だけは置いていけないし、一緒に行こうか」
「はい。あっ、車借りちゃってもいいですか?」
「どーぞどーぞ。運転してくれるだけでありがたい」
「気にしないでください。引っ越すまで支えますから」
「ありがとね、金子ちゃん」
「いえいえ。あ、出かける準備しますね」
会話がひと段落ついたタイミングで、金子のスマートフォンに着信が入る。金子は一瞬だけ顔色を曇らせるも、すぐに明るくして、「もしもし、お疲れ様です」と電話に出る。
その間、荻野は類以に「3人で一緒に、スーパー行こう」と声を掛ける。すると「いいよ」と言って、すんなりクレヨンを置く類以。荻野が1人で行くと言うと「行かないで」と寂しがっていたのに、一緒に、と伝えると、嬉しそうに微笑んだ。寂しがってくれるだけ、荻野は細やかな幸せを感じる。
「――はい。失礼します」
「誰から?」
「百井さんです」
「え、もしかしてもう帰ってくるとか言わないよね?」
「ははっ、それは無いですよ。でも、今日仕事から帰ってから話したいことがあるそうです。なので、夕ご飯のあと時間くださいって」
「あぁ、なるほど。だよね、まだ午前中だもんね。ハハハ」
荻野は自分の発言が急に馬鹿らしく思え、でも、まだ帰ってこないということを知れて、照れ笑いと嬉し笑いが混ざる。
「百井さんの話ってさ、重要そうじゃないよね」
「どうなんでしょうね。でも、類以君も槙野さんも一緒に、ということらしいです」
「猛は、まぁ何となく分かるけど、類以もなの?」
「はい、そう言ってました」
「へぇ、類以は百井さんの話訊いても、分からないと思うけどな、はは、まぁいっか。指示に従わないとうるさいし」
「荻野さん、結構言いますね」
「日頃の鬱憤が・・・、アハハハハ」
「いいですねぇ。その調子でどんどん鬱憤晴らしていきましょ、フフッ」
2人は目を見つめ合って大笑いする。類以は、そんな大人のことを、どこか冷めた目で見る。そして小さく呟いた。「まま」と。
金子の運転で、シェアハウスから10分ほどの距離にあるスーパーへと足を運んだ3人。類以をカートに乗せ、それを荻野が押し、金子がカゴを持つスタイルで、空調がよく効いた店内を歩き回る。
「今晩は、さっと食べられるものにしようか」
「そうですね。百井さんの話がどれぐらい長いか分からないですもんね」
「そうそう。それに、類以の就寝時間のことも考えないといけないからね」
「ですね。にしても、話って何なんですかね」
金子が訊く。荻野はうーん、と一瞬熟考したあと、「あっ、もしかして彼氏ができたとか?」と口にする。
「あり得ますね」
「それか、引っ越し先が見つかったか」
「それも、あり得ますね」
「あとは・・・、新しい住人候補の人を連れてくる。とか?」
「それは・・・、あり得なくもないですね」
「でしょ、まぁ、どんな話でもいいや。適当に受け流すだけだし。フフフ」
「ですね、ハハッ」
そんな会話を場に応じた声量で繰り広げながら、一品ずつ食材や材料を選んでいく。近所のスーパーの中では一番値段も安く、お弁当の質もかなり高いと評判の店ということもあって、店内は時間帯も相まって、段々と賑わいを見せてくる。類以は独り言を呟いたり、歌ったりしながら、荻野が動かすカートで楽しそうに過ごしていた。
「リストのものは全部カゴに入れました」
「じゃあ、会計済まそうか」
「はーい。行きましょ」
自動レジは比較的すいていて、スムーズに会計を済ませることができた。そして、買ったものを助手席に乗せ、金子が再びハンドルを握った。
「どこかほかに寄りたいお店はないですか?」
「うん、大丈夫だよ。早く帰ってお昼作ろう。類以もお腹空いたみたいだから」
「そうですね。じゃ、安全運転で早く帰れるように頑張ります」
「お願いします」
「おねがい、します!」
温かな日差しが照り付ける中、車内では類以も参加してのしりとりが開催された。畳みかけるように言葉を覚えた類以。最近では植物やら生物やらに興味を持ち始め、「あれなに?」というのが口癖になっている。そんな類以は、もうすぐ兄になる。弟か妹が産まれることを分かっているのか、大人の真似をしたいだけか分からないが、大人の手伝いまで買って出るようになっている。そんな成長ぶりを、槙野も荻野も、そして金子も日々感じていた。
家に帰ると、13時になる目前で、荻野は急いで昼食作りに取り掛かった。一方の金子は類以と共に、洗濯物を畳む作業をする。類以は群を抜いて手先が器用なようで、丁寧な性格も相まって、自分が着る服をきちっと畳む。荻野は「類以、畳んでくれてありがとう」とキッチンから声をかける。それに対し、「どういたしまして!」と答える類以。得意げな顔をしていた。
17時を過ぎた頃、百井が帰宅してきた。手には有名菓子店の紙袋が握られている。しかし、それは自分が食べる用で、それを把握している住人も紙袋に関して触れもしない。百井が持って帰って来る食べ物系の紙袋に対して、誰も声をかけない。今では暗黙のルールのような状態になっていた。
「おかえりなさい」荻野と金子が声を揃える。
「ただいまです~。あっ、今日のメニューはカレーですか。いいですね」
「百井さんのほうから、お話があると聞いているので、早く食べられるご飯のほうがいいかと」
「あ~、なるほど! 私のことを考えてくれたんですね! ありがとうございます!」
「あ・・・、いえ」
返事に戸惑う荻野を余所に、百井は荷物を床に置いて、「先にお風呂行ってきますね」と言ってリビングから出て行った。
金子はそっと、その紙袋の中身を覗き見る。そこには、超高級チョコレートが種類も個数もバラバラで入っており、思わずハッと息を呑んだ。お金をかけるところが違うとはいえ、どうして服やら化粧品やらお菓子やら、どうしてここまで高いものが買えるのかと不思議になる。
「荻野さん、もし百井さんの話が重たい内容だったらどうします?」
「どうするって、どういうこと?」
「いや、ちゃんと聞くのか、それともいつもみたいに聞き流すのか」
「うーん、内容によるよね。よっぽど深刻ならちゃんと聞くだろうけど、そうじゃなかったら、多分適当に相づち打って終わりだろうね」
「ですよね」
「可能なら、話を20分ぐらいで終わらせて欲しいって思う。やらないといけないこと多いし、百井さんの話にいちいち付き合っていられないし」
「じゃあ、頑張って15分以内に終わらせるようにしましょう」
「うん。そうしよ。猛にも話を引き延ばさないように伝えておくね」
「はい」
類以は相変わらず図鑑に釘付けになっている。床に寝そべって、図鑑を端から端まで、頭ごと追い続けた。
「類以君って、荻野さんと槙野さんみたいに勤勉家ですよね」
「そうだね。血は繋がっていないけど、その辺は似てるよね」
「ご両親のどちらかが勉強好きだったんですよね、多分」
「だと思う。でも、当たり前だけど、私たちとは似てない部分が多いよ」
「そうですか?」
「うん。例えば、ちょっとでも気に入らないとすぐ機嫌悪くなるとかね」
「確かに、その辺って、なんだか百井さんに似てますよね。言いたくないですけど」
「うん。だから、たまに頭をよぎることがあってね」
「何ですか?」
「考えすぎだろうけど・・・、もしかしたら、類以は百井さんの――」
タイミング悪く鳴るインターホン。画面に映っていたのは、顔なじみの郵便配達員だった。




