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第10話

 だんだんと春らしい機構になってきた3月17日。あと2か月で類以が3歳の誕生日を迎えようとする中、金子は引っ越しの作業に追われている。荻野は体調と相談しながら、槙野と共に時間をかけて内見を済まし、物件を決め、少しずつ引っ越しに向けての荷造りを始めたところだった。


「金子ちゃん、そろそろお昼ご飯を作ろうと思うんだけど、何か食べたいものある?」

「うーん、何が良いですかね」ガムテープを手で豪快に引きちぎる。


一方で、金子のすぐ隣で遊んでいた類以は、思うように行動できない自分にいら立ちを見せたり、テレビから流れる洋楽のリズムに合わせて身を揺らしたりと、感情を爆発させながら、1人で楽しそうにしていた。


「じゃあ、食べたくないものは?」

「えっ、食べたくないものですか?」

「そう。食べたいものを決めてくれないときは、逆に、食べたくないものを訊くっていう戦略。日和ちゃんに訊いた方法なんだけどね、結構効果あるんだよ、へへ」

「あぁ、なるほど。うーん、そうですね、お肉の気分ではないので、肉料理はあまり食べたくないですね」ガムテープを張り終え、顔を上げる金子。髪の毛には白い綿埃のようなゴミが付着していた。


「分かった。じゃあ、お肉料理以外で何かパパっと作るね」

「ありがとうございます。すいません、料理任せちゃって」

「いいのいいの。金子ちゃんも類以も、どんな料理でも美味しい、美味しいって笑顔で食べてくれるから、私も作り甲斐があってね、ふふ」そう笑って、キッチンに向かう荻野。手を洗い、冷蔵庫から食材を1つずつ、吟味しながら取り出していく。


 きっちり目な服ばかり着ていた荻野も、月日が経つにつれ、だんだんとゆったり目な服装へと変わっていった。類以は自分に弟か妹ができることを、毎日「早く会いたい!」と急かしつつも、嬉しそうにしている。


成長を続ける類以は、1人でできることも増えてきて、あまり両親や金子の手を借りず、特に煩わせることもなかった。自分なりに、置かれている現状を把握しているようだった。


 30分後、荻野が「お昼できたよ」と声を掛ける。1番に反応したのは類以で、「ごはんたべる!」と手に持っていたぬいぐるみを放り投げ、有り余る元気を見せる。そんな類以に、荻野は「じゃあ、食べる前に手を洗おうね」と優しく微笑む。


歩いてシンクに向かってきた類以。小さな踏み台に乗り、少しだけ身を乗り出して手を洗う。その間に荻野が料理を盛り付け、磨かれたばかりのダイニングテーブルの上に並べていく。金子は散らかっていた荷物をまとめ、放り投げられたぬいぐるみを戻してから、さっと手を洗い、そして冷凍されていたご飯を温める。


電子レンジが温め完了のメロディを奏でる。金子は温まったご飯を取り出し、新調したばかりの茶碗に盛る。


「ムニエル、美味しそうですね」

「でしょ。結構自信作」荻野は得意げに言う。

「類以君のは、フライですか?」

「そう。フライだったら残さず食べてくれるからね」

「そっか。いいですね」


類以は小さな身体を懸命に動かして、自分専用のチェアに座る。ひじかけにはお気に入りの動物シールが重なる形で貼られていて、一部は既に剥がれ落ちたりもしている。2脚目となる今の相棒とは、とても仲良さそうにしている。


 目の前に置かれた鮭のフライとご飯。小さなサイズにカットされた野菜サラダ。どれも類以の好物だった、というよりも、類以は嫌いな食べ物がないと叫べるぐらい、何でも臆せず食べる男の子。親2人は感心するばかりだった。


「いただきます」


3人で手を合わせて、声も揃える。類以は大人たちのことを、よーく観察していたようで、早い段階から見様見真似で、食べる前と食べ終わったあとで、それぞれちゃんと挨拶するようになった。


そして、つい先日、夕ご飯を食べさせるための準備をしているタイミングで、突然、「ひとりで、たべれるよ!」と高らかに宣言した類以。その日以来、誰の手を借りることもなく、1人で黙々とご飯を食べ始めた。補助がついた箸で、料理を掴んでは口に運ぶ。そして、満面の笑みを浮かべ、「おいしい!」と言う。その笑顔に、住人全員の頬は自然と緩むばかりだった。


いつも通り、今日も1人でご飯を食べた類以。挨拶をしたあとに遊び場に戻って、積み木を豪快に散乱させて、喋りながら遊び始める。


「そろそろだね」

「ですね。類以君が遊んでる姿も見れなくなるんだもんなぁ。寂しい」

「私も、金子ちゃんが類以と楽しそうに遊んでる姿を見れないの、寂しいよ」

「百井さんに邪魔されずに、もっとたくさん遊んであげたかったです」


少し怒りが含まれた感じでぼやく金子。最後の1口を食べる。


「フフッ。そうだよね~。でもさ、引っ越したら百井さんの邪魔も入らないし、よかったら遊びにおいでよ」

「えっ、いいんですか?」

「いいよいいよ。金子ちゃんだもん。歓迎するよ」

「嬉しいです、ふふ。楽しみにしてますね」


お昼を食べ終えた金子は、再び荷物を段ボールに詰める作業に戻った。積み木も放置したままで、類以は片付けを始めた荻野の隣にべったりと張り付いて、洗い物をする様子をじっくりと観察し始めた。ただ、その数分後には飽きてしまったのか、遊び場に転がっていたボールをけり始めたり、恐竜になったみたいに、積み木にわざとぶつかって倒してみたり、家具の隙間を縫うように走ってみたりと、急に行動を活発化させる。


「類以、金子ちゃんの邪魔になるから、走っちゃだめだよ」と注意されると、走ることはやめたが、ボール遊びは続行させる。荻野は「邪魔だけはしちゃだめだよ」と念を押す。すると「うん!」と元気よく答えた途端、自分で蹴ったボールが足に当たるという、ある意味でギャグのような展開になって、3人は笑い合った。


「痛かった?」

「いたくない! だいじょぶ!」

「なら良かったけど、気を付けてよ」

「はーい!」


そう言って類以は再びボールをけり始めるが、狭い家の中でのボール蹴りは危険だと思い、金子が類以に視線を合わせていう。


「類以君、あとで私とお外で遊ばない?」

「うん! あそぶ!」

「おっ、じゃあ、私も片付け終わらせるから、それまで他の遊びをして待っててくれるかな?」

「いいよ!」


金子とハイタッチをした後、夢中になっていたボールを手から離し、人が変わったように大人しくなった類以。荻野は金子に「止めてくれてありがとう」と言ったあと、「類以、お絵かきしよう」と提案。類以はルンルンな様子で「おえかき、やる!」と叫んだ。


 荻野が用意したクレヨンと握りしめ、スケッチブックに絵を描き始める。どこまでも素直で無邪気な類以。血の繋がりがないからこそ見えてくる、夫婦の子供時代との違い。監護期間中はもちろん、類以が戸籍上の息子になってからも、その悩みが消えることはなかった。


成長していくにつれてハッキリとしてくる性格。類以は好奇心旺盛だが、常に人の顔色ばかり窺っている。それだけでなく、一度注意されたことは二度とやらないという、大人でも難しいことを平気な顔でやり遂げる。でも時には悪戯っ子になったり、機嫌を損ねると暫くは「いやだ!」と叫び、泣いたり怒ったりするなど、子供っぽい一面を見せることもある。表の顔も、裏の顔も、どちらも似ていない。荻野と槙野とは逆の性格で生きているみたいだった。


 そんな類以の両親は、手紙に書いてあった通り、1度もシェアハウスに、隣接する児童養護施設に尋ねてくることはなかった。類以は槙野のことを”ぱぱ”、荻野のことを”まま”と認識しており、金子のことは”ぱぱとままの、おともだちの、おねえちゃん”という位置関係で把握しているようだった。


そんな類以は、のちに本当の親の存在を知ることとなる。

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