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幸運の果実  作者: 一枝 唯
第1話 発端 第3章

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04 化け狐の尻尾

「そ、それはちょっと……すごいですね」

「感心するところか。ただの高給取りじゃ無理だ。あいつは絶対に、叩けば埃が出る」

「ええと、それで、叩きたくなったんですか?」

「お前は叩きたくないのか」

「そりゃもちろん、僕はいつだってアーレイドを掃除したいです。でも、ちょっといいですか、ビウェル」

「何だ」

「そこまで調べたのに、僕に何も言わなかったんですね」

「あー……」

 ビウェルは天を仰いだ。〈蜂の巣の下で踊る〉ようなことをした――余計な真似をして余計なこをと招き寄せたという訳だ。

「いま言ったんだから、いいだろう」

「よくないです。ほかには何を掴んでるんですか。洗いざらい、吐いてください」

「俺は犯罪者か」

「聞くべき事情があるという意味では、似たようなものです」

 きっぱりとラウセアは言った。

「あなたがそれほどアヴ=ルキンを怪しむ理由は、何ですか」

「怪しいだろうが」

 ビウェルはそう答えた。ラウセアは少し沈黙をした。

「あの」

 たっぷり五(トーア)は経ってから、若者は口を開く。

「それだけ、ですか」

「何がそれだけだ。十二分だろう」

 唇を歪めてビウェルが告げれば、ラウセアは息を吐いた。

「そういう予断が冤罪を作る素だと、いい年してまだ判らないんですか」

「そういう予断が犯罪人どもをのうのうと歩かせてるんだと、お前にゃまだ判らないな」

 まずは黒と見るか。白と見るか。ビウェルとラウセアは全く逆であった。

(よくもまあ)

(三年近くも俺とやってるもんだ)

 ラウセア・サリーズは非常に頑なだが、こういう町憲兵もほかにいなくはない。ただ、組まされた相手とあまりに相性が悪いと思えば、配置換えなり何なり希望を出すのが普通だ。

 新人の頃であれば一蹴されるところだが、三年もやっていればそれくらいの願いは通る。ラウセアが望むなら、もっとやりやすい相手と組めるのである。

 ビウェルの方では、相手が誰でも特に変わらない。また新人をはな(・・)から仕込めと言われれば幾らかはうんざりだが、隊長がそう命令を下すなら従うつもりだ。できれば相棒は熟練の、話の判る奴がいいとは思うが、彼から変更を依頼するつもりはかけらもない。

 三年ばかりでは、まだまだひよっこ。型通りの業務であれば何の問題もなくこなすものの、彼らの仕事は型通りのものばかりではない。ビウェルにはまだ、ラウセアを指導する義務がある。

 もっとも、これだけ価値観が違えば彼の指導はほとんど反面教師であろうが、それでラウセアが学ぶならばそれでいいのだ。

「あのとき、お前もいたな」

「もちろん、いましたよ」

「ルキンは俺たちに、船長の落下を見せた。そうは感じなかったか」

 あの男が指を差したそのときだった。ライバン船長が手すりを乗り越えたのは。

「ですが……偶然、では」

 少し躊躇うようにしながら、ラウセアは言った。

「僕たちがあの場にいて、あなたが彼に話しかけたのは、たまたまです」

「確かにな。だが、町憲兵に目撃させれば完璧だと思ったのかもしれん」

「完璧って、どういう意味ですか。ビウェル、あなた……」

 ラウセアは眉をひそめた。

「アヴ=ルキン氏がライバン船長を殺したとでも思ってるんですか?」

「物理的には、無理だな」

「じゃあ魔術ですか」

 胡乱そうにラウセアは言った。

「冗談はよせ。魔術師協会(リート・ディル)なんぞに出てこられりゃ、何も判らないままで終わっちまう」

 魔術師という連中は、不可思議な技を行う。彼らが捕縛されるような罪を犯したとき、確かに町憲兵では、捕らえることが難しい。だから協会と言われる彼らの組織が手を出して、罪人を捕らえる。

 だが協会は、そのまま町憲兵隊に身柄を引き渡しはしない。勝手に聴取をし、勝手に調書を作り、これこれこうでしたと説明して終わる。そのあとで引き渡してくることもあるが、ごく稀だ。たいていは、協会で罰を与えたからと言ってくる。

 いや、説明があったり、結果を伝えてくるならまだいい方だ。捕らえていったが最後、何の連絡もないことだって珍しくない。それを追及すれば、何だかさっぱり判らないごたく(・・・)を並べ立てて、魔術師のことは魔術師にしか判らない、とでもくるのだ。腹立たしいことこの上ない。

 最も腹立たしいのは、それが許されている現状だ。

 まるで魔術師という者たちが、貴族並みの特権階級ででもあるかのよう。

 ビウェルとしては、貴族の特権だって気に入らない。罪を犯した者は、誰でも同じように罰を受けるべきだ。

 金や協会が絡むと、〈裁き手〉ラ・ザインの公正が崩れる。それは好ましくない。

 彼はふと、二年前の事情を思い出した。留置場にいたはずの犯人が、手品(トランティエ)のごとくに消え去ってしまったことがあった。あのときも魔術だという話になって協会に事件を投げられそうになり、ビウェルは断固、抗議をした。

 結果的にはその犯人は犯人ではなく、魔術と思われたものも魔術師協会の判定では魔術ではなく、協会に事件を持って行かれることのないまま、真犯人を捕らえることができたが――嫌な思い出のひとつだ。

「彼は船長を突き落としたりしていない。魔術でもない。どうやって殺すんです」

「医者だ。酒を飲まなくても酔ったような状態にさせる薬とかがあるかもしれん」

「ものすごい想像力ですね」

「だが、それだけじゃ無理だ」

 ビウェルはラウセアの呟きを無視した。

「酔って欄干を乗り越えるような癖が船長にあったのならともかく、酔わせただけじゃ、ああはならない」

「そんなに気になるなら、ルキン氏のところへ行ったらどうです。『阿呆』と言われない内に言いますけど、何も『船長を殺害しましたか』と訊けとは言いませんよ」

「阿呆」

 やはり、ビウェルは言った。

「何です」

 せっかく予防線を張ったのに、というところか、ラウセアは不満そうな顔をした。

「何か気づいてるぞと知らせた方がいい相手と、毛筋の先ほども気づかせない方がいい相手がいる。ルキンは、後者だ」

「どうしてです」

「上手に化け狐(アナローダ)の尻尾を隠しちまう奴だからだ」

「偏見ですか」

「経験に基づく判断、と言うやつだな」

「それは、僕には判らないですね」

「あと二十年、頑張りな」

「皮肉なんですけど」

「そうかい」

 万人が納得する理由でなければ認めない、という訳だ。ビウェルは肩をすくめる。

 経験は、必ずしも正解を教えない。十回同じような出来事があって、十回同じような結果に終わったとしても、十一回目が同じようになるとは限らない。そのことはラウセアに言われるまでもなく、ビウェルも判っている。

 ただ、同じである可能性は高いと言っていい。

 アヴ=ルキンの尻には尾がある。ああいった人間をビウェルは両手の指でも足らないほど見てきた。どいつにも尻尾があった。奴にも、ある。

 問題は、ひとつ。

 ラウセアが言っているように、アヴ=ルキンには、〈海獣の一本角〉号の船長を殺すなどできなかったこと。

 ビウェル自身、本当に何か薬を使ったのだと思っている訳ではない。可能性としては、ある。だが、現状でそう判断することはできない。あくまでも可能性の話、推測、或いは憶測、それとも邪推だ。

 第一、それ以前。

 ライバン船長とルキンの関わりが明確でない。

 船員たちはルキンのことを知らなかった。嘘をついているのであれば、誰かの話にどこかで矛盾(レドウ)が生じそうなもの。だが、熟練たる彼の目にも、何も映らなかった。

 それを知るのは死んだ船長とルキンだけ。

 もしも、ほかにいるとすれば――。

 ビウェルはそっと息を吐いた。考えていることはあるが、あまり実行したくない。


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