仕返し
夜――
長かった授与式も終わり。
王城は、
ようやく静けさを取り戻していた。
だが。
ジークの出立は、
予定より伸びていた。
第二王子エリアスの件で、
調整が必要になったからだ。
その夜。
石造りの廊下を、
ジークは一人歩いていた。
窓から差し込む月明かり。
静かな足音。
その時だった。
ぐいっ――!!
突然。
腕を掴まれる。
ジークが、
静かに目を向けた。
そこにいたのは。
真っ赤な顔をした、
ミレイユだった。
金色の髪が、
月光を受けて揺れている。
だが。
その表情には、
明らかに余裕がなかった。
「……あれは、
なんですか」
低い声。
怒っている。
いや。
羞恥で限界だった。
ジークは、
静かに瞬きをする。
「どれです?」
「とぼけないでください!!」
即答だった。
ミレイユが、
さらに腕を引く。
「婚姻を結びたいって、
なんですか!!」
「国王陛下の前ですよ!?」
「貴族も!!
騎士団も!!
全員いました!!」
顔が、
真っ赤だった。
耳まで赤い。
完全に茹で上がっている。
だが。
ジークは、
涼しい顔をしていた。
むしろ。
少しだけ、
口元が笑っている。
「えぇ」
落ち着いた声。
「ですので」
灰色の瞳が、
静かに細められる。
「国へ、
宣言しました」
ミレイユの思考が、
止まる。
「……は?」
ジークは、
当然みたいに続けた。
「私は、
貴方を望んでいると」
月明かりの下。
静かな声だった。
なのに。
心臓が、
うるさい。
ミレイユの顔が、
さらに赤くなる。
「な、
ななな……」
言葉にならない。
ジークは、
そんな彼女を見ながら。
ふっと、
小さく笑った。
「それに」
低い声。
「先日」
「ルシアン様へ、
抱きしめられていたでしょう」
空気が止まる。
ミレイユが、
固まった。
ジークは、
静かに続ける。
「私の目の前で」
「随分、
仲がよろしかったので」
「仕返しです」
その瞬間。
ミレイユの顔が、
限界まで真っ赤になった。
「しっ……」
「仕返しって、
なんですか!!」
「子供ですか!!」
「はい」
即答だった。
ミレイユが、
完全に言葉を失う。
すると。
ジークが、
何事もないように続ける。
「ちなみに」
「宰相閣下から、
お呼び出しを受けました」
ミレイユの動きが、
ぴたりと止まる。
「……え?」
「『少々お話があります』と」
「とても穏やかな笑顔で、
仰っていました」
数秒。
沈黙。
ミレイユの顔から、
すっと血の気が引いた。
「……ルシアン様は?」
恐る恐る尋ねる。
ジークは、
静かに答えた。
「ご一緒でした」
「終始、
笑顔でしたね」
ミレイユが、
両手で顔を覆う。
「それが一番怖いです!!」
廊下へ、
悲鳴みたいな声が響く。
ジークは、
その様子を見ながら。
少しだけ、
肩を揺らした。
「ま、まだ……」
羞恥で潤んだ瞳。
「まだ根に持っていたんですか……!?」
すると。
ジークが、
静かに目を細めた。
「えぇ」
あまりにも即答だった。
「かなり」
ミレイユの思考が、
吹き飛ぶ。
ジークは、
静かに彼女を見下ろした。
「嫉妬しましたので」
さらりと言う。
息をするみたいに。
その破壊力が、
最悪だった。
ミレイユの手から、
力が抜けそうになる。
だが。
次の瞬間。
ジークが、
ふっと目を細めた。
「ですが」
「断られると、
わかっていても」
灰色の瞳が、
真っ直ぐミレイユを見る。
「ちゃんと、
言いたかった」
静かな声。
「貴方を望むのは、
私だと」
廊下が、
静まり返る。
ミレイユは、
完全に固まっていた。
心臓が、
痛いくらいうるさい。
逃げたい。
でも。
嬉しい。
苦しい。
無理。
そして。
そんな彼女を見ながら。
ジークは、
少しだけ楽しそうに笑った。
完全に。
仕返しを成功させた男の顔だった。




