公開求婚の代償
半月後――
王都は、
未だ熱狂の中にあった。
『辺境の英雄、
王女へ公開求婚』
『授与式で告げられた愛』
『第一王女を救った灰狼』
吟遊詩人達は、
競うように歌を作り。
酒場では毎夜、
その話題で盛り上がる。
「聞いたか!?」
「国王陛下の前で、
第一王女へ求婚したらしいぞ!」
「しかも辺境公爵家嫡男だ!!」
「かぁー!!
あれは痺れる!!」
民衆は、
英雄譚が好きだ。
命懸けで王女を守った男。
その男が。
国中の前で、
想いを告げた。
そして。
その相手は。
療養のため辺境へ移ったはずなのに。
誰より民のため走り回り。
飢える民のため、
国へ噛み付き続けた王女。
人気が出ないわけがなかった。
そして。
その熱は、
貴族社会にも確実に広がっていた。
王城――執務室。
「……完全に、
空気が変わりましたね」
ミレイユが、
報告書へ目を落としながら呟く。
以前まで。
第一王女ミレイユ・ヴェルディアは、
扱いづらい王女だった。
理想論を語り。
貴族社会へ噛み付き。
民のため動き過ぎる。
王族らしくない王女。
そう思っていた貴族は、
少なくない。
だが。
今は違う。
辺境最大勢力――
バンディア公爵家。
その嫡男が。
授与式という、
国の正式な場で。
第一王女へ求婚した。
それはつまり。
『辺境公爵家が、
第一王女の価値を認めた』
と。
国中へ叩きつけたのと同義だった。
結果。
貴族達の態度は、
目に見えて変わった。
以前より通りやすくなる予算。
増える協力者。
教育制度改革への理解。
食糧政策への支援。
そして何より――
第一王女へ、
投資し始める貴族達。
流れが変わっていた。
ミレイユは、
静かにため息を吐く。
その向かいでは。
ジークが、
紅茶を飲んでいた。
相変わらず。
何事もなかったみたいな顔で。
ミレイユは、
じとりと彼を見る。
「……全て、
計算ですか?」
静かな声。
すると。
ジークは、
カップを置いた。
「まさか」
即答だった。
だが。
灰色の瞳は、
少しだけ笑っている。
ミレイユのこめかみに、
青筋が浮かぶ。
この男。
絶対に。
全部わかっていてやった。
民衆人気。
貴族社会への圧力。
第一王女の価値上昇。
改革派への追い風。
さらには。
婚約者である、
ルシアン・エヴァルドへの牽制。
全部。
全部理解した上で。
あの場で、
求婚したのだ。
ミレイユは、
深く息を吐く。
「……本当に、
性格が悪いですね」
「よく言われます」
即答だった。
ミレイユが、
頭を抱える。
だが。
否定できない。
今回の件で、
圧倒的に動きやすくなった。
今までなら。
『理想ばかり語る王女』
として流されていた言葉が。
今では。
『辺境公爵家が、
公に価値を認めた第一王女』
として扱われている。
重みが違う。
発言力が違う。
貴族達の反応が、
まるで違った。
そして。
何より厄介なのは――
「……最近、
子供達にまで歌われているらしいです」
ミレイユが、
死んだ目で呟く。
ジークが、
静かに首を傾げた。
「どんな歌です?」
ミレイユは、
数秒沈黙した。
そして。
観念したように、
小さく口を開く。
「“黄金姫を救いし灰狼は、
万民の前で愛を吠えた”……です」
沈黙。
次の瞬間。
ジークが、
吹き出した。
本当に珍しく。
肩を震わせて笑う。
ミレイユの顔が、
一気に赤くなる。
「笑わないでください!!」
「吟遊詩人を、
今すぐ規制します!!」
「無理でしょう」
即答だった。
なぜならもう。
この国中が知っている。
辺境の英雄が。
王女を命懸けで守り。
その上で。
国中の前で、
想いを告げたことを。
そして。
それをした男が、
ただの武人ではないことも。
ジーク・バンディアは。
辺境最大勢力の嫡男だ。
武力も。
民衆人気も。
政治感覚も持つ。
だからこそ恐ろしい。
愛を告げることで。
第一王女の価値を、
国中へ再認識させ。
民衆を味方につけ。
改革派へ追い風を吹かせ。
貴族社会の空気すら、
変えてみせた。
そして何より。
本人だけが。
全部計算した上で。
平然と、
知らないふりをしているのだから。




