隣を歩く
出立の日――
王都は、
朝から異様な熱気に包まれていた。
王城前広場。
赤い絨毯。
整列する騎士団。
王家の旗。
辺境公爵家の旗。
そして。
広場を埋め尽くす民衆。
今日。
辺境公爵家嫡男、
ジーク・バンディアは帰還する。
第二王子エリアスを伴って。
その事実は、
既に国中へ広まっていた。
民達は、
口々に囁く。
「あれが……」
「辺境の英雄……」
「王女殿下を救った……」
ざわめきの中。
王城の大扉が、
ゆっくり開かれる。
現れたのは。
銀髪の男。
正装へ身を包んだ、
ジーク・バンディアだった。
漆黒の軍装。
銀の装飾。
腰には二本の剣。
高い背筋。
灰色の瞳。
静かなのに。
圧倒的な存在感だった。
その隣には、
同じく正装姿のエリアス。
まだ幼さは残る。
だが。
その瞳には、
以前にはなかった強さが宿っていた。
歓声が上がる。
「ジーク様ー!!」
「エリアス殿下!!」
「ご武運をー!!」
空気が震える。
その中を。
二人は、
真っ直ぐ前を向いて歩いた。
やがて。
王座前。
国王が、
静かに口を開く。
「ジーク・バンディア」
重々しい声。
「此度、
第二王子を預ける」
「十年」
「長き時間となるだろう」
広場が、
静まり返る。
国王は、
続けた。
「だが」
「貴殿ならば」
「この子へ、
王として必要なものを見せてくれると信じている」
灰色の瞳が、
静かに伏せられる。
「必ず」
短い返答。
だが。
その一言だけで、
十分だった。
そして。
出立の時が来る。
黒馬へ跨るジーク。
エリアスも、
隣の馬へ乗る。
騎士達が整列する。
王都の門が、
ゆっくり開いていく。
その時だった。
ミレイユは、
人混みの中で静かに立っていた。
金色の髪が、
朝日に揺れる。
本当は。
もっと話したかった。
色々聞きたかった。
怒りたかった。
ちゃんと、
別れを言いたかった。
けれど。
出立準備。
王家との調整。
貴族達への対応。
全部が慌ただしく過ぎていき。
気付けばもう、
出発の時間だった。
夢みたいな時間だった。
そう思う。
笑い。
怒鳴り。
一緒に民のため走って。
気付けば。
隣にいるのが、
当たり前になっていた。
だからこそ。
胸が、
少し苦しかった。
その時。
ガシャン――
突然。
ジークが、
馬から降りた。
ざわり――
周囲が揺れる。
何事かと、
騎士達が目を見開く。
だが。
ジークは、
迷いなく歩き出した。
真っ直ぐ。
ミレイユの元へ。
人々が、
自然と道を開ける。
静寂。
そして。
ジークは、
彼女の前で止まった。
灰色の瞳が、
真っ直ぐミレイユを見る。
逃げ場なんて、
なかった。
ミレイユの心臓が、
うるさく鳴る。
すると。
ジークは、
静かに口を開く。
「貴方が望むのであれば」
低い声。
広場中へ、
静かに響く。
「私はいつでも、
貴方の隣を歩きます」
空気が、
止まった。
民衆。
騎士。
貴族。
誰もが、
息を呑む。
ジークは、
続ける。
「王女としてでも」
「改革者としてでも」
「ただの一人の女性としてでも」
灰色の瞳が、
優しく細められる。
「貴方が進む道なら」
「私は、
何処までも付き従う」
静かな声だった。
だが。
それは、
どんな愛の言葉より重かった。
ミレイユの瞳が、
大きく揺れる。
何も言えない。
胸がいっぱいで。
苦しくて。
嬉しくて。
泣きそうだった。
その時。
ジークが、
ほんの少しだけ笑った。
「……では」
短く告げる。
そして。
再び黒馬へ跨った。
マントが翻る。
朝日を背負い。
辺境騎士達が、
一斉に馬を進める。
その先頭を走る、
銀髪の男。
誰より静かで。
誰より強くて。
そして。
誰より真っ直ぐだった。
民衆の歓声が、
王都を揺らす。
その中で。
ミレイユだけは、
動けなかった。
ただ。
遠ざかっていく背中を、
見つめ続ける。
心臓が、
まだうるさい。
きっと。
この先ずっと。
忘れられない。
そう思ってしまうほどに。
その背中は。
朝日の中へ、
静かに消えていった。




