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名前を書ける日

その日の昼――


 


第一王女宛に、

大きな荷物が届いた。


 


そして現在。


 


近衛騎士棟。


 


レオン・グラディースの部屋。


 


狭い室内には、

四人の姿があった。


 


ミレイユ。


 


ジーク。


 


エリアス。


 


そして。


 


部屋の主であるレオン。


 


レオンは、

目の前の光景を見て。


 


静かにため息を吐いた。


 


「……ずっと気になっていたのですが」


 


低い声。


 


「何故、

この部屋なんですか?」


 


当然の疑問だった。


 


すると。


 


ミレイユが、

にこりと笑う。


 


「レオン様、

謹慎中でしょう?」


 


「基本的に、

部屋から出られないでしょう?」


 


「だから」


 


ぱちり。


 


金色の瞳が、

悪戯っぽく細められる。


 


「仲間外れはいけないと思いまして」


 


レオンが、

静かに目を閉じた。


 


嫌な予感しかしない。


 


「……アルフレッドとセシルは?」


 


「あの二人には、

書類整理を手伝っていただいています」


 


「なので、

仲間外れではありません」


 


絶対ブラックな仕事量だ。


 


レオンは、

全てを察した。


 


その横で。


 


エリアスが、

きょろきょろと部屋を見回していた。


 


「僕、

騎士棟へ入るの初めてです」


 


少し興奮した声。


 


ミレイユが、

すぐに振り返る。


 


「他言は無用ですよ」


 


「はい!」


 


素直だった。


 


すると。


 


ミレイユが、

ぱんっと手を叩く。


 


「さぁ!

始めましょう」


 


その瞬間。


 


全員の視線が、

部屋の中央へ向いた。


 


そこに置かれていたのは。


 


大きな木材だった。


 


かなり太い。


 


明らかに、

普通の荷物ではない。


 


レオンが、

眉を寄せる。


 


「……これは?」


 


すると。


 


ミレイユが、

嬉しそうに笑った。


 


「木です!」


 


「見ればわかります」


 


即答だった。


 


だが。


 


ミレイユは、

気にしない。


 


「先程、

届いたばかりなのです」


 


そう言いながら。


 


木材へ、

ぽんぽんと触れる。


 


「これから、

教材を作ります」


 


その瞬間。


 


レオンとエリアスが、

同時に目を瞬かせた。


 


「教材……?」


 


ミレイユは、

頷く。


 


「紙は高価です」


 


静かな声。


 


「特に辺境では、

簡単に使い潰せるものではありませんでした」


 


脳裏へ浮かぶ。


 


寒い広場。


 


民。


 


ボロボロの机。


 


震える指。


 


「だから」


 


ミレイユが、

木へ触れる。


 


「木を削って、

文字を彫るのです」


 


エリアスが、

目を輝かせた。


 


「文字を……?」


 


「はい」


 


ミレイユは、

静かに頷く。


 


「初めて文字へ触れる時」


 


「重要なのは、

“見る”だけではありません」


 


金色の瞳が、

静かに細められる。


 


「目で見る」


 


「指で触る」


 


「なぞる」


 


「声へ出す」


 


「身体で覚える」


 


「その全部が、

大切なのです」


 


レオンが、

僅かに目を細める。


 


ミレイユは、

続けた。


 


「辺境の民達は、

文字を知らない方が多かった」


 


「だから最初は、

ただ紙へ書いても覚えられなかったのです」


 


「でも」


 


木材を、

そっと撫でる。


 


「指で触れながら、

声へ出して」


 


「何度もなぞると」


 


「少しずつ、

形と音が繋がっていく」


 


エリアスが、

小さく息を呑む。


 


ミレイユの瞳は、

優しかった。


 


まるで。


 


当時の民達を、

思い出しているみたいに。


 


「特に幼い子は」


 


「視覚だけより、

触覚や運動を使った方が」


 


「記憶へ残りやすいのです」


 


レオンが、

ぽつりと呟く。


 


「……そんなことまで」


 


ミレイユは、

小さく笑った。


 


「必要でしたから」


 


辺境には。


 


教師も。


 


教材も。


 


十分になかった。


 


だから。


 


試した。


 


失敗した。


 


何度も工夫した。


 


どうすれば。


 



文字を読めるようになるのか。


 


どうすれば。


 


“助けて”と言えるようになるのか。


 


そして。


 


ミレイユは、

ふわりと笑う。


 


「ね?」


 


金色の瞳が、

ジークを見る。


 


「ジーク様」


 


その瞬間。


 


全員の視線が、

銀髪へ向く。


 


ジークは、

静かに目を閉じた。


 


そして。


 


小さく息を吐く。


 


「……えぇ」


 


灰色の瞳が、

僅かに細められる。


 


「最初は、

名前すら書けなかった村人達が」


 


「自分の名前を書いて、

泣いていました」


 


静かな声だった。


 


けれど。


 


その一言だけで。


 


部屋の空気が、

変わる。


 


ジークは、

木材へ視線を落としたまま続ける。


 


「殿下は、

夜中まで木を削っていました」


 


ミレイユが、

少し照れたように笑う。


 


「ジーク様もでしょ?二人で必死に削りましたよね。

懐かしいですね」


 


エリアスは、

目を見開いていた。


 


報告書には、

書かれていなかった。


 


こういう小さな積み重ねが。


 


辺境を、

変えていったのだと。


 


今。


 


初めて知った。

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