表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/112

嫉妬

「それでは、

これで失礼します」


 


部屋の前。


 


ジークが、

静かに一礼する。


 


「何かあれば、

すぐお呼びください」


 


いつもの声音。


 


いつもの表情。


 


完璧なほど、

普段通りだった。


 


そして。


 


扉を閉めようとした、

その瞬間。


 


きゅ。


 


服の裾が、

小さく引かれる。


 


ジークが、

僅かに目を落とした。


 


そこには。


 


俯いたまま、

彼の服を摘まむミレイユ。


 


沈黙。


 


数秒。


 


そして。


 


ミレイユは、

何も言わないまま。


 


ぐいっと、

ジークの腕を引いた。


 


「……殿下?」


 


気付けば。


 


ジークは、

部屋の中へ引き入れられていた。


 


ぱたん。


 


静かに扉が閉まる。


 


月明かりだけが、

薄暗い部屋を照らしていた。


 


静かだった。


 


聞こえるのは、

互いの呼吸だけ。


 


ジークは、

小さく息を吐く。


 


「どうされました」


 


低い声。


 


けれど。


 


その声音は、

どこか優しかった。


 


ミレイユは、

答えない。


 


俯いたまま。


 


ぎゅっと。


 


まだ、

服を掴んでいる。


 


沈黙。


 


長い沈黙だった。


 


やがて。


 


ミレイユが、

ぽつりと呟く。


 


「……嫌いにならないで」


 


ジークの瞳が、

僅かに揺れる。


 


ミレイユは、

俯いたまま続けた。


 


「怒ってる……」


 


小さな声だった。


 


まるで。


 


叱られるのを怖がる子供みたいな声。


 


数秒。


 


ジークは、

何も言わなかった。


 


やがて。


 


ふっと、

小さく笑う。


 


「……本当に」


 


掠れた声。


 


「貴方には、

隠せませんね」


 


ミレイユが、

ゆっくり顔を上げる。


 


灰色の瞳が、

静かに細められていた。


 


そして。


 


ジークは、

困ったように笑う。


 


「嫉妬しました」


 


その瞬間。


 


ミレイユの呼吸が、

止まる。


 


月明かりの中。


 


二人だけが、

静かに立っていた。


 


ジークは、

視線を逸らさない。


 


「婚約者なのですから、

当然だと理解しています」


 


静かな声。


 


「頭では」


 


一歩。


 


ジークが、

近付く。


 


「ですが」


 


低い声が、

静かに落ちる。


 


「貴方が、

抱き締められているのを見たら」


 


そこで、

言葉が止まる。


 


まるで。


 


続きを飲み込むみたいに。


 


ジークは、

苦しそうに笑った。


 


「……少し、

面白くありませんでした」


 


ミレイユの胸が、

ぎゅっと苦しくなる。


 


その言葉だけで。


 


泣きそうになるくらい、

嬉しいと思ってしまった。


 


すると。


 


ジークが、

小さく息を吐く。


 


「すみません」


 


視線を伏せる。


 


「困らせるつもりは、

なかったのですが」


 


その瞬間。


 


ミレイユが、

ぎゅっと彼の服を掴み直す。


 


離さないように。


 


逃がさないように。


 


そして。


 


震える声で、

ぽつりと呟く。


 


「……困ってません」


 


ジークの目が、

僅かに見開かれる。


 


ミレイユは、

顔を真っ赤にしたまま。


 


けれど。


 


逃げずに、

彼を見上げる。


 


「わたくしは」


 


小さな声。


 


「ジーク様に、

怒られる方が嫌です」


 


沈黙。


 


ジークは、

何も言わなかった。


 


ただ。


 


どうしようもなく困ったみたいに、

目を伏せる。


 


そして。


 


ゆっくり。


 


ミレイユの頭へ、

手を置いた。


 


大きな手。


 


優しく撫でる指先。


 


「……ずるい人ですね」


 


掠れた声だった。


 


ミレイユの瞳が、

小さく揺れる。


 


ジークは、

笑っていた。


 


諦めたみたいに。


 


困り果てたみたいに。


 


「そんな顔をされたら」


 


月明かりが、

灰色の瞳へ落ちる。


 


「怒れなくなるでしょう」


 


その瞬間。


 


ミレイユは、

堪えきれなくなったみたいに。


 


そっと。


 


ジークの服へ、

額を押し付けた。


 


子供みたいに。


 


甘えるみたいに。


 


すると。


 


ジークの手が、

一瞬だけ止まる。


 


けれど。


 


結局。


 


何も言わずに。


 


優しく、

彼女の髪を撫で続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ