嫉妬
「それでは、
これで失礼します」
部屋の前。
ジークが、
静かに一礼する。
「何かあれば、
すぐお呼びください」
いつもの声音。
いつもの表情。
完璧なほど、
普段通りだった。
そして。
扉を閉めようとした、
その瞬間。
きゅ。
服の裾が、
小さく引かれる。
ジークが、
僅かに目を落とした。
そこには。
俯いたまま、
彼の服を摘まむミレイユ。
沈黙。
数秒。
そして。
ミレイユは、
何も言わないまま。
ぐいっと、
ジークの腕を引いた。
「……殿下?」
気付けば。
ジークは、
部屋の中へ引き入れられていた。
ぱたん。
静かに扉が閉まる。
月明かりだけが、
薄暗い部屋を照らしていた。
静かだった。
聞こえるのは、
互いの呼吸だけ。
ジークは、
小さく息を吐く。
「どうされました」
低い声。
けれど。
その声音は、
どこか優しかった。
ミレイユは、
答えない。
俯いたまま。
ぎゅっと。
まだ、
服を掴んでいる。
沈黙。
長い沈黙だった。
やがて。
ミレイユが、
ぽつりと呟く。
「……嫌いにならないで」
ジークの瞳が、
僅かに揺れる。
ミレイユは、
俯いたまま続けた。
「怒ってる……」
小さな声だった。
まるで。
叱られるのを怖がる子供みたいな声。
数秒。
ジークは、
何も言わなかった。
やがて。
ふっと、
小さく笑う。
「……本当に」
掠れた声。
「貴方には、
隠せませんね」
ミレイユが、
ゆっくり顔を上げる。
灰色の瞳が、
静かに細められていた。
そして。
ジークは、
困ったように笑う。
「嫉妬しました」
その瞬間。
ミレイユの呼吸が、
止まる。
月明かりの中。
二人だけが、
静かに立っていた。
ジークは、
視線を逸らさない。
「婚約者なのですから、
当然だと理解しています」
静かな声。
「頭では」
一歩。
ジークが、
近付く。
「ですが」
低い声が、
静かに落ちる。
「貴方が、
抱き締められているのを見たら」
そこで、
言葉が止まる。
まるで。
続きを飲み込むみたいに。
ジークは、
苦しそうに笑った。
「……少し、
面白くありませんでした」
ミレイユの胸が、
ぎゅっと苦しくなる。
その言葉だけで。
泣きそうになるくらい、
嬉しいと思ってしまった。
すると。
ジークが、
小さく息を吐く。
「すみません」
視線を伏せる。
「困らせるつもりは、
なかったのですが」
その瞬間。
ミレイユが、
ぎゅっと彼の服を掴み直す。
離さないように。
逃がさないように。
そして。
震える声で、
ぽつりと呟く。
「……困ってません」
ジークの目が、
僅かに見開かれる。
ミレイユは、
顔を真っ赤にしたまま。
けれど。
逃げずに、
彼を見上げる。
「わたくしは」
小さな声。
「ジーク様に、
怒られる方が嫌です」
沈黙。
ジークは、
何も言わなかった。
ただ。
どうしようもなく困ったみたいに、
目を伏せる。
そして。
ゆっくり。
ミレイユの頭へ、
手を置いた。
大きな手。
優しく撫でる指先。
「……ずるい人ですね」
掠れた声だった。
ミレイユの瞳が、
小さく揺れる。
ジークは、
笑っていた。
諦めたみたいに。
困り果てたみたいに。
「そんな顔をされたら」
月明かりが、
灰色の瞳へ落ちる。
「怒れなくなるでしょう」
その瞬間。
ミレイユは、
堪えきれなくなったみたいに。
そっと。
ジークの服へ、
額を押し付けた。
子供みたいに。
甘えるみたいに。
すると。
ジークの手が、
一瞬だけ止まる。
けれど。
結局。
何も言わずに。
優しく、
彼女の髪を撫で続けた。




