表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/113

自然な距離

夜の廊下。


 


王城の窓から、

月明かりが差し込んでいた。


 


静かな石廊下を。


 


ミレイユとジークが、

並んで歩いている。


 


先程までの騒がしさが嘘みたいだった。


 


ミレイユは、

少し楽しそうに笑う。


 


「本当に凄かったです」


 


ちらり。


 


隣の銀髪を見る。


 


「皆様、

目が離せなくなっていましたわ」


 


「……まるで、

化け物を見る顔でしたね」


 


ジークが、

呆れたように息を吐く。


 


「ミレイユ様」


 


「その言い方だと、

私が危険人物みたいです」


 


「違うんですか?」

 



すると。


 


ジークは、

静かに息を吐いた。


 


「怪我をしていなければ」


 


灰色の瞳が、

じろりとミレイユを見る。


 


「貴方が出ていかれましたよね?」


 


その瞬間。


 


ミレイユの肩が、

ぴくりと揺れた。


 


図星だった。


 


数秒。


 


沈黙。


 


そして。


 


ミレイユは、

にこっと笑う。


 


「さぁ、どうでしょう?」


 


誤魔化した。


 


ジークが、

呆れたように目を細める。


 


「その顔、

肯定してますよ」


 


「気のせいです」


 


「絶対違います」


 


即答だった。


 


ミレイユが、

くすくす笑う。


 


その時だった。


 


「――殿下!!」


 


声が響く。


 


ミレイユが、

ぱっと振り返った。


 


廊下の奥。


 


そこに立っていたのは、

一人の男だった。


 


金髪。


 


深緑の瞳。


 


整った顔立ち。


 


上質な黒の礼服。


 


息を少し乱している。


 


まるで。


 


急いで駆け付けたみたいに。


 


ミレイユの瞳が、

僅かに揺れた。


 


「……ルシアン様」


 


ルシアン・エヴァルド。


 


第一王女の婚約者。


 


そして。


 


宰相の息子。


 


ルシアンは、

ミレイユの前まで来ると。


 


傷の巻かれた腕を見る。


 


額の包帯を見る。


 


その瞬間。


 


深緑の瞳が、

痛そうに揺れた。


 


「お身体は……?」


 


掠れた声だった。


 


「大丈夫なのですか」


 


ミレイユは、

いつもの王女の笑みを浮かべる。


 


「えぇ、

問題ありません」


 


そう答えた。


 


次の瞬間。


 


ふわり、と。


 


ミレイユの身体が、

抱き締められる。


 


「……っ!?」


 


ミレイユの目が、

大きく見開かれた。


 


広い胸。


 


震える吐息。


 


ルシアンは、

強く抱き締めたまま。


 


小さく息を吐く。


 


「あぁ……よかった」


 


本音だった。


 


心の底から、

安心した声だった。


 


ミレイユが、

固まる。


 


頭が真っ白になる。


 


――待ってください。


 


後ろ。


 


後ろに。


 


ジークがいる。


 


ミレイユの顔が、

一気に熱くなる。


 


見られたくない。


 


いやでも。


 


婚約者なのだから、

おかしくはない。


 


おかしくはないのだけれど。


 


何故か、

ものすごく気まずい。


 


「る、ルシアン様……?」


 


珍しく、

あわあわした声だった。


 


すると。


 


ルシアンが、

はっと我に返る。


 


「あ……申し訳ありません」


 


ぱっと身体を離した。


 


耳が少し赤い。


 


「すぐにでもお会いしたかったのですが」


 


苦笑する。


 


「仕事が立て込んでおりまして」


 


深緑の瞳が、

優しく細まる。


 


「どうしても、

一目だけでも貴方の顔を見たくて」


 


真っ直ぐだった。


 


誠実で。


 


優しくて。


 


だからこそ、

ミレイユは余計に困る。


 


その時。


 


ルシアンの視線が、

ふとミレイユの後ろへ向いた。


 


銀髪。


 


灰色の瞳。


 


辺境騎士の外套。


 


ルシアンが、

小さく目を見開く。


 


「あぁ……」


 


静かな声。


 


「貴方が」


 


ミレイユが、

慌てて口を開く。


 


「こちらは、

ジーク・バンディア様です」


 


「今回、

わたくしを助けてくださいました」


 


ルシアンは、

すぐに姿勢を正した。


 


そして。


 


深く頭を下げる。


 


「殿下を守ってくださり、

本当にありがとうございます」


 


真摯な声だった。


 


「私は、

殿下の婚約者である」


 


「ルシアン・エヴァルドと申します」


 


綺麗な笑み。


 


敵意はない。


 


むしろ。


 


心から感謝しているのが、

わかる。


 


ルシアンが、

手を差し出した。


 


ジークは、

静かにそれを見る。


 


数秒。


 


そして。


 


何事もない顔で、

その手を握った。


 


「ジーク・バンディアです」


 


低い声。


 


表情は変わらない。


 


いつも通り。


 


完璧なほど、

涼しい顔だった。


 


けれど。


 


ミレイユだけは気付く。


 


ほんの少しだけ。


 


灰色の瞳が、

冷えていたことに。


 


「殿下から、

お話は伺っております」


 


ルシアンが、

穏やかに笑う。


 


「辺境を支えた英雄だと」


 


すると。


 


ジークが、

小さく目を細めた。


 


「……買い被りです」


 


静かな返答。


 


だが。


 


空気が妙に静かだった。


 


ミレイユが、

耐えきれなくなる。


 


「……あ、あの!」


 


二人が、

同時にミレイユを見る。


 


いたたまれない。


 


何この空気。


 


ミレイユは、

ぎこちなく笑った。


 


「せっかく来てくださったのですが」


 


「まだ少し、

体調が万全ではなくて……」


 


ルシアンの顔へ、

心配が走る。


 


「大丈夫ですか?」


 


「えぇ!

えぇ本当に!」


 


食い気味だった。


 


ミレイユは、

逃げるように一歩下がる。


 


「今日はもう休みますので!」


 


そして。


 


ちらりと、

ジークを見る。


 


「……行きましょう?」


 


その瞬間。


 


ジークが、

静かに頷いた。


 


「はい」


 


短い返事。


 


それだけなのに。


 


何故か。


 


ルシアンの胸が、

少しだけざわついた。


 


ミレイユは、

そのままジークと並んで歩き出す。


 


月明かりの廊下。


 


並ぶ背中。


 


自然な距離。


 


ルシアンは、

静かにそれを見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ