騎士の矜持
「いいですよ」
ジークは、
静かに頷いた。
その瞬間。
ミレイユが、
ぱっと顔を上げる。
「待ってください」
珍しく、
少し慌てた声だった。
「レオン様、
今は謹慎中ですよね?」
「問題になったら――」
だが。
レオンは、
静かに剣を取った。
いつもの彼とは、
少し違う。
疲れ切っていた目に。
今だけ、
強い光が宿っていた。
「……ここは騎士棟です」
低い声。
「見ているのは、
騎士だけですので」
その言葉に。
周囲の騎士達が、
息を呑む。
空気が変わった。
訓練ではない。
これは。
騎士同士の、
誇りのぶつかり合いだ。
ミレイユは、
数秒だけ二人を見つめたあと。
ふっと、
小さく笑った。
「……怪我は、
ほどほどにしてくださいね」
絶対止めない顔だった。
⸻
訓練場。
静寂。
向かい合う二人。
レオン・グラディース。
そして。
ジーク・バンディア。
風が吹く。
銀髪が揺れる。
レオンは、
ゆっくり剣を構えた。
重い。
手が震える。
相手が強いのは、
見ればわかる。
だが。
それでも。
確かめたかった。
この男は。
何故、
あの王女を救えたのか。
何故。
殿下が、
あんな顔で笑うのか。
その時。
ジークが、
静かに口を開いた。
「あの時」
灰色の瞳が、
真っ直ぐレオンを見る。
「最後まで、
殿下を守ろうとした騎士は」
「貴方ですよね」
レオンの目が、
僅かに揺れる。
ジークは、
小さく笑った。
「ありがとうございます」
静かな声だった。
けれど。
その一言だけで。
レオンの胸の奥が、
大きく揺れる。
責められると思っていた。
無能だと。
守れなかった騎士だと。
そう言われても、
仕方ないと思っていた。
なのに。
この男は、
最初に礼を言った。
ジークは、
静かに剣を構える。
「殿下は、
貴方達が命を懸けたことを」
「ちゃんと知っています」
空気が止まる。
「だから」
灰色の瞳が、
静かに細められた。
「そんな顔をしないでください」
「殿下が悲しみます」
その瞬間。
レオンの呼吸が、
止まった。
ずっと。
胸に刺さっていた。
橋を渡った瞬間。
殿下が、
自ら吊橋を落としたこと。
血だらけになりながら。
たった一人で、
賊の前へ立っていたこと。
それなのに。
自分は、
崩れた橋の向こう側で。
ただ、
見ていることしかできなかった。
殿下が傷付く姿を。
血を流す姿を。
今にも倒れそうなのに。
それでも、
自分達を生かすために剣を振っていた姿を。
全部。
悪夢みたいに、
頭から離れなかった。
けれど。
この男は。
その全部を知った上で。
責めなかった。
レオンは、
ゆっくり目を閉じる。
そして。
小さく笑った。
苦しそうに。
でも。
少しだけ、
救われた顔で。
「……本当に」
掠れた声。
「敵いませんね」
次の瞬間。
地面を蹴る。
速い。
一瞬で距離を詰める。
だが。
ジークは、
動じない。
ギィンッ――!!
火花。
轟音。
凄まじい衝撃が、
訓練場へ響き渡る。
周囲の騎士達が、
目を見開いた。
強い。
レオンも、
十分化け物だ。
王都騎士団でも、
上位に入る実力。
なのに。
押されている。
ジークは、
片手で剣を受け止めていた。
余裕すらある。
次の瞬間。
ザッ――!!
一歩。
ジークが踏み込む。
それだけで。
空気が変わる。
本能が叫ぶ。
――危険だ。
レオンが、
反射で後退する。
だが遅い。
銀閃。
視界が、
真っ白になるほど速かった。
気付けば。
レオンの喉元へ、
剣が突きつけられている。
静寂。
誰も、
声を出せなかった。
強い。
次元が違う。
王都に。
この男へ勝てる騎士など、
存在しない。
完全な実力差だった。
だが。
レオンは、
不思議と悔しくなかった。
むしろ。
納得してしまった。
――あぁ。
この人なら。
殿下を、
助けられる。
レオンは、
ちらりとミレイユを見る。
すると。
ミレイユは、
嬉しそうに笑っていた。
心の底から。
幸せそうに。
王女の顔じゃない。
悪女の笑みでもない。
ただ。
大切な人を見つめる、
一人の女の子の顔だった。
その瞬間。
レオンは、
思わず小さく息を吐く。
……なるほど。
殿下が、
あんな顔で笑うわけだ。




