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騎士棟

夕方。



ミレイユは、

楽しそうに歩いていた。


 


隣にはジーク。


 


包帯の巻かれた腕を揺らしながら、

ミレイユが口を開く。


 


「王都の畑改革、流通改善、地下水路の整備と言っても」


 


「すぐには動けませんので」


 


ぱちり。


 


金色の瞳が、

悪戯っぽく細められる。


 


「まずは、

レオン様を励ましに行きましょう」


 


ジークが、

小さく眉を寄せた。


 


今回の件で。


 


護衛騎士三十名は、

全員謹慎処分となっていた。


 


王女を危険へ晒した。


 


そう判断されたのだ。


 


だが実際は。


 


ミレイユが、

勝手に囮になっただけである。


 


理不尽極まりない。


 


レオンなど、

責任を感じすぎて倒れかけていた。


 


ジークが静かに息を吐く。


 



「また問題を起こさないでくださいね」


 


するとミレイユは、

にっこり笑った。


 


「善処します」


 


「絶対しませんねその顔」


 


即答だった。


 


やがて。


 


二人は騎士棟へ到着する。




ジークが、

周囲を見回した。




「……騎士棟に入って、

騒がれませんか?」




ミレイユは、

きょとんと首を傾げる。




「何度も秘密裏に出入りしておりますので、

大丈夫です」




「……今、

とんでもないことを聞いた気がします」




「気のせいです」




「秘密裏でしたよね?」




「秘密でした」




「全く秘密になっていません」




ミレイユは、

にこりと笑う。




「見つからなければ秘密です」




ジークは、

深いため息を吐いた。




「その発想が一番危ないんですよ」



 

石造りの建物。


 


広い中庭。


 


訓練場では、

何人もの騎士が剣を打ち合わせていた。


 


そして。


 


ミレイユの姿を見た瞬間。


 


空気が、

ざわつく。


 


「王女様だ……!」


 


「まだ怪我してるだろ……」


 


「隣の男……」


 


視線が集まる。


 


銀髪。


 


灰色の瞳。


 


辺境騎士団の外套。


 


ジーク・バンディア。


 


今や王都でも、

知らぬ者はいない名だった。


 


だが。


 


その中で。


 


数人の騎士が、

鼻で笑う。


 


「辺境の騎士、ねぇ」


 


「今回だって、

たまたまだろ?」


 


「でも公爵家らしいぞ」


 


「ふん。

田舎の中で強いだけだろ」


 


その瞬間。


 


ミレイユの足が、

ぴたりと止まった。


 


ジークが、

小さく目を細める。


 


「あー……」


 


止めようとした。


 


だが。


 


遅かった。


 


コツ――


 


ミレイユが、

ゆっくり振り返る。


 


そして。


 


にこりと笑った。


 


怖い笑顔だった。


 


「……あなた方」


 


静かな声。


 


なのに。


 


訓練場の空気が、

一瞬で冷える。


 


「わたくしの大切な相棒を、

馬鹿にしないでいただけます?」


 


騎士達の顔が、

引き攣る。


 


ミレイユは、

ふわりと首を傾げた。


 


「そんなに実力を知りたいのなら」


 


金色の瞳が、

獰猛に細まる。


 


「いいでしょう」


 


その瞬間。


 


ジークが、

静かに目を閉じた。


 


「……始まった」


 


完全に諦めた声だった。





その頃。


 


近衛騎士用宿舎。


 


レオンは、

机へ突っ伏していた。


 


酷い顔だった。


 


寝ていない。


 


食べてもいない。


 


当然である。


 


自分は。


 


王女を守れなかった。


 


あの時。


 


橋を渡った瞬間から、

ずっと悪夢みたいだった。


 


その時だった。


 


バンッ!!


 


勢いよく扉が開く。


 


「レオン!!」


 


騎士が、

真っ青な顔で飛び込んできた。


 


「大変だ!!」


 


レオンの顔色が、

一瞬で変わる。


 


まさか。


 


また殿下が――


 


「殿下が、

騎士棟で騒ぎを!!」


 


「…………は?」




訓練場。


 


そこには。


 


異様な光景が広がっていた。


 


四人の騎士。


 


その中央で。


 


銀髪の男が、

静かに剣を構えている。


 


ジーク・バンディア。


 


対する騎士達は、

冷や汗を流していた。


 


強い。


 


立っているだけで、

わかる。


 


空気が違う。


 


まるで。


 


巨大な獣と向き合っているみたいだった。


 


その時。


 


レオンが、

訓練場へ飛び込んでくる。


 


そして。


 


ミレイユを見つけた瞬間。


 


頭を抱えた。


 


「……何をされているのですか」


 


疲れ切った声だった。


 


すると。


 


ミレイユが、

ぱっと笑う。


 


「レオン様!」


 


嬉しそうだった。


 


「元気そうでよかったです」


 


「貴方を励ましに来たのですが」


 


ちらり。


 


騎士達を見る。


 


「少々、

意地悪を言われまして」


 


レオンが、

静かに天を仰いだ。


 


終わった。


 


完全に終わった。


 


その瞬間。


 


「来ます」


 


ジークが、

ぽつりと呟く。


 


次の瞬間。


 


四人が同時に踏み込んだ。


 


速い。


 


騎士としては、

かなりの実力者だ。


 


だが。


 


ジークは、

動かなかった。


 


ギィンッ!!!


 


火花が散る。


 


一人目の剣を、

片手で受け流す。


 


そのまま。


 


回転。


 


肘打ち。


 


「がっ……!?」


 


男の身体が吹き飛ぶ。


 


続けて二人目。


 


剣が来る。


 


だが。


 


遅い。


 


ジークの灰色の瞳が、

冷たく細まった。


 


次の瞬間。


 


ザンッ――!!


 


一閃。


 


騎士の剣が、

真っ二つに折れる。


 


空気が凍る。


 


ありえない。


 


王都製の剣だぞ?


 


なのに。


 


ジークは、

止まらない。


 


三人目の懐へ潜り込み。


 


柄で鳩尾を叩く。


 


「ごふっ……!!」


 


崩れる。


 


最後の一人が、

悲鳴みたいに剣を振るった。


 


だが。


 


次の瞬間には。


 


喉元へ、

剣が突きつけられていた。


 


静寂。


 


圧倒的だった。


 


四対一。


 


なのに。


 


誰一人、

ジークへ傷をつけられなかった。


 


ジークは、

静かに剣を下ろす。


 


汗一つかいていない。


 


そして。


 


当然みたいに、

ミレイユの隣へ戻った。


 


「これで、満足ですか?」


 


低い声。


 


騎士達の顔が、真っ青になる。


 


ミレイユが、

にこりと笑った。


 


「どうやら、

誤解は解けたようですわね?」


 


四人が、

一斉に頭を下げる。


 


「も、申し訳ありませんでした!!」


 


その瞬間。


 


周囲の騎士達が、

完全に静まり返った。


 


強い。


 


化け物だ。


 


レオンも、

思わず息を呑んでいた。


 


すると。


 


ジークが、

ゆっくりレオンを見る。


 


レオンも、

真っ直ぐ見返した。


 


数秒。


 


沈黙。


 


そして。


 


レオンが、

静かに口を開く。


 


「……ジーク・バンディア様、ですね」


 


胸へ拳を当てる。


 


「私は、

殿下の近衛騎士をしております」


 


「レオン・グラディースと申します」


 


ジークが、

静かに目を細めた。


 


レオンは、

真っ直ぐ言う。


 


「――お手合わせ、

願えませんか?」


 


その瞬間。


 


ミレイユの目が、

大きく見開かれる。


 


「……え?」

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