無知は、恥ですね
その日の夜――
ミレイユの姿は、王城地下牢にあった。
湿った空気。
冷たい石壁。
薄暗い牢の奥。
鉄格子の向こう側で、
女は膝を抱えるように座っていた。
「こんばんは」
ミレイユが声をかける。
だが女は、
相変わらず顔を上げない。
まるで、
そこに誰もいないかのように。
ミレイユは静かに続けた。
「今日、貴方の育った村へ行きました」
その瞬間。
女の指先が、
ぴくりと動く。
「家族にも会いました」
沈黙。
牢の中に、
水滴の落ちる音だけが響く。
ミレイユは、
ゆっくりと言葉を続けた。
「……貴方の家族は、報復を受けて医院にいました」
女の肩が、
わずかに震える。
焼け爛れた皮膚。
包帯だらけの身体。
痩せ細った村人たち。
あの光景が、
ミレイユの脳裏に焼き付いて離れない。
「私は――」
喉が震える。
「貴方に刺されるまで、民が飢えで苦しんでいるなんて知りませんでした」
沈黙。
そして。
「知らなかった?」
女が初めて顔を上げた。
乾いた笑い声が、
牢の中に響く。
壊れたような笑いだった。
「知らなかったで済むなら、誰も苦労しねぇよ」
ミレイユの胸に、
その言葉が深く突き刺さる。
女は睨みつけるように続けた。
「アンタは、一度でも腹減って眠れなかったことがあるか?」
答えられない。
夜中。
空腹で眠れない苦しさを。
家族が飢えていく恐怖を。
ミレイユは知らない。
女の声が低く響く。
「貴族は豪華絢爛な日々を送る」
握り締めた拳が震えている。
「庶民は毎日、生きるか死ぬかだ」
静寂。
ミレイユは、
逃げなかった。
目を逸らさなかった。
そして、
小さく息を吸う。
「……無知というのは、恥ですね」
女の眉が動く。
ミレイユは、
真っ直ぐ彼女を見つめていた。
「貴方達が苦しんでいたのに」
胸が痛む。
「私は、それを知らずに今まで生きてきました」
女が吐き捨てるように笑う。
「子供が知った口きくな」
その言葉に。
ミレイユは、
ふっと笑った。
以前の傲慢な笑みではない。
どこか、
泣きそうな笑顔だった。
「……そうですね」
金色の髪が、
薄暗い牢の中で揺れる。
「でも」
ミレイユは、
静かに言った。
「その子供に、“考えるきっかけ”をくれたのは貴方です」
女の目が揺れる。
「だから感謝しています」
ミレイユは、
そっと鉄格子へ触れた。
「私、必ずこの国を変えてみせます」
その瞳には、
迷いがなかった。
「だから――見ていてくださいね」
ミレイユは、
にこりと笑った。
その笑顔を見た瞬間。
女は、
なぜか言葉を失っていた。




