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帳簿

謁見の間。


 


空気は、

張り詰めていた。


 


赤い絨毯。


 


居並ぶ大貴族達。


 


豪奢な装飾。


 


そしてその中心で。


 


一人の少女だけが、

静かに立っている。


 


第一王女。


 


ミレイユ・ヴェルディア。


 


白い包帯が、

腕へ巻かれていた。


 


額には傷。


 


ドレスには、

まだ薄く血痕が残っている。


 


本来なら。


 


糾弾される側の姿だった。


 


だが。


 


誰一人、

彼女を弱者とは見ていなかった。


 


その時。


 


「言語道断ですぞ!!」


 


怒号が響く。


 


太った侯爵が、

顔を真っ赤にして叫んでいた。


 


「王女自ら独断で軍事行動を起こし!!」


 


「騎士を危険へ晒し!!」


 


「挙句、

伯爵家へ剣を向けるなど――」


 


「軍事行動?」


 


ぽつり。


 


静かな声だった。


 


だが。


 


その一言だけで、

謁見の間の空気が凍る。


 


ミレイユは、

ゆっくり顔を上げた。


 


「正式な王室視察中に襲撃を受け」


 


「王室騎士と共に、

自衛しただけですわ」


 


「それを軍事行動と仰るのなら」


 


「随分と都合の良い解釈ですこと」


 


侯爵の口が止まる。


 


ミレイユは、

静かに一歩前へ出た。


 


ヒールの音だけが、

静寂へ響く。


 


「それと」


 


「わたくしが、

騎士を危険へ晒した?」


 


金色の瞳が、

ゆっくり細められる。


 


「違いますわね」


 


「わたくしは」


 


「騎士を生かすために、

剣を取りました」


 


ざわり――


 


貴族達が息を呑む。


 


「わたくしがいる限り」


 


「あの方達は、

最後まで戦います」


 


「第一王女を守るために」


 


「命を捨ててでも」


 


静かな声。


 


けれど。


 


その言葉は、

誰より重かった。


 


「ならば」


 


「王女であるわたくしが、

前へ出るのは当然でしょう?」


 


侯爵の顔が引き攣る。


 


「騎士にも家族がいます」


 


「帰りを待つ母がいる」


 


「愛する妻がいる」


 


「子供がいる」


 


「恋人がいる」


 


「それを守って、

何が悪いのです?」


 


静寂。


 


ミレイユは、

ゆっくり笑った。


 


「わたくしは」


 


「“王族だから守られるべき”という思想が」


 


「大嫌いですので」


 


誰も、

反論できない。


 


「民へ」


 


「騎士へ」


 


「“代わりに死ね”などと」


 


「言える王になるつもりはありません」




その時。


 


別の伯爵が叫ぶ。


 


「しかし!!

グラディウス卿へ剣を向けた事実は――」


 


「あぁ」


 


ミレイユが、

ふわりと笑った。


 


「ですので」


 


「ちゃんと、

生かしてありますわ」


 


空気が止まる。


 


「グラディウス・ベルモルト」


 


「賊」


 


「関係者」


 


「全員、

生きています」


 


数人の貴族の顔色が、

一気に変わった。


 


ミレイユは、

それを見逃さない。


 


「あら?」


 


「どうして皆様、

そんな顔をなさるの?」


 


冷や汗が流れる。


 


「そういえば」


 


「グラディウス卿、

仰っていましたわねぇ」


 


一人ずつ。


 


逃がさないように視線を向ける。


 


「“貴族も関わっている”と」


 


空気が死んだ。


 


「さて」


 


「わたくしを、

失脚させます?」


 


「どうぞご自由に」


 


「ただし――」


 


金色の瞳が、

ゆっくり細められる。


 


「王室って、

最高ですわね」


 


沈黙。


 


「皆様の帳簿」


 


「全部、

確認できますもの」


 


何人もの貴族が息を呑む。


 


ミレイユは、

静かに微笑んだ。


 


「実は視察が決まったと同時に」


 


「王室監査局へ、

全貴族の帳簿調査を命じましたの」




「備えというものは、無駄になるくらいが丁度よろしいですもの」




「ですが念のため、

確認しただけでしたのに」


 


肩をすくめる。


 


「まぁ」


 


「見れば見るほど、

面白いこと」


 


「横流し」


 


「架空取引」


 


「不自然な税の消失」


 


「ラウゼンとの資金流通」


 


「証拠ばかり出てきますのね」


 


その笑みは。


 


優雅だった。


 


けれど。


 


誰より恐ろしかった。


 


「その前に」


 


「ご自身の帳簿を、

見直された方がよろしくてよ?」


 


謁見の間は、

悲鳴のような静寂へ包まれた。



数日後。


 


王都から、

貴族が消え始めた。


 


夜逃げ。


 


逮捕。


 


財産没収。


 


地下牢。


 


命乞い。


 


だが。


 


ミレイユは、

その叫びには一切耳を貸さない。


 


ただ。


 


机へ積まれた帳簿を、

静かに捲っていく。


 


「横流しですか」


 


「こちらは密輸」


 


「帳簿が二重ですわね」


 


一冊。


 


また一冊。


 


証拠を見つけるたび。


 


新たな逮捕状が発行される。


 


ミレイユは、

静かに紅茶を口へ運んだ。


 


そして。


 


ふわりと笑う。


 


「尻尾を出してくださって、

ありがとうございます」


 


悪女のように。


 


けれど。


 


誰より王らしく。


 


証拠と法で。


 


容赦なく敵を裁いていく。

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