相棒
それから。
二人は、
壊れたみたいに戦った。
銃声。
剣戟。
怒号。
血飛沫。
崖上へ、
凄まじい音が響き続ける。
けれど。
誰より笑っていたのは、
ミレイユだった。
金色の髪を振り乱しながら。
血に濡れながら。
それでも。
心の底から、
楽しそうに笑っていた。
「左三人!!」
「遅いです」
次の瞬間。
ジークの二刀が、
一気に敵を薙ぎ払う。
血が舞う。
倒れる。
その隙へ。
ミレイユが、
迷いなく銃口を向けた。
――バァンッ!!
轟音。
賊の身体が吹き飛ぶ。
「ははっ……!」
ミレイユが、
息を切らしながら笑う。
「やっぱり、
貴方と戦うと負ける気がしませんね!」
その瞬間。
ジークが、
ちらりとミレイユを見る。
返り血を浴びた王女。
泣き腫らした目。
傷だらけの手。
なのに。
今だけは、
誰より生き生きしていた。
ジークは、
思わず笑ってしまう。
「えぇ」
低い声。
「昔から無茶苦茶でしたからね、
あなたは」
「褒め言葉ですか?」
「呆れてます」
即答だった。
なのに。
二人とも、
笑っていた。
背中を預け。
呼吸を合わせ。
まるで。
昔に戻ったみたいに。
「後ろ!!」
「わかっています!!」
ミレイユが、
剣を振り抜く。
細い腕。
それでも。
その一撃は、
迷いなく敵を裂いた。
賊達の顔から、
完全に余裕が消えていた。
理解したのだ。
この二人。
異常だ。
やがて。
最後の一人が、
地面へ崩れ落ちる。
静寂。
荒い呼吸だけが残った。
ミレイユは、
血の付いた剣を下ろす。
肩で息をしている。
足も、
もう限界だった。
けれど。
まだ終わっていない。
ミレイユが、
ゆっくり顔を上げる。
「……ジーク様」
掠れた声。
「グラディウス・ベルモルトを、
捕まえます」
その瞬間。
ジークが、
ふっと笑った。
辺境時代と同じ顔で。
「はい」
呆れた声。
「本当に休まないんですね、
あなたは」
そう言いながら。
黒馬へ飛び乗る。
そして。
自然すぎる動作で。
ミレイユの腰を掴み、
ぐいっと自分の前へ引き上げた。
「っ……!」
ミレイユの身体が、
ジークの胸へぶつかる。
熱い。
鼓動が近い。
「ちょ、ちょっと……!」
「暴れないでください」
低い声が、
耳元へ落ちる。
「落ちますよ」
そのまま。
ジークは、
片腕でミレイユを抱えたまま馬を走らせた。
黒馬が、
山道を駆け抜ける。
風が吹く。
朝焼けが、
二人を照らしていた。
そして。
逃げようとしていた馬車を、
見つける。
「ひっ……!!」
グラディウス・ベルモルトの顔が、
恐怖で歪む。
「ま、待て!!」
「わ、私は命令されただけ――!!
ラウゼンや貴族に命令されたんだーー!!
私は悪くないー」
ミレイユの瞳が、
すっと冷えた。
その瞬間。
ジークが、
静かに馬を降りる。
そして。
肥え太った伯爵の胸ぐらを、
片手で掴み上げた。
「ぎっ……!!」
足が浮く。
グラディウスは、
悲鳴すら出せなかった。
ジークの灰色の瞳には、
殺気しかなかった。
「あなた」
低い声。
「殿下を泣かせましたね?」
空気が凍る。
グラディウスの顔が、
引き攣った。
次の瞬間。
ゴッ――!!
容赦なく地面へ叩きつけられる。
ミレイユが、
思わず吹き出した。
「ふふっ……」
ジークが振り返る。
「笑わないでください」
「だって、
怖すぎますもの」
「誰のせいですか」
「わたくしですわね」
その返事に。
ジークは、
深くため息を吐いた。
けれど。
口元だけは、
笑っていた。
やがて。
空が、
ゆっくり白んでいく。
別ルートから到着した騎士達が、
次々山を登ってきていた。
「殿下!!」
「ご無事ですか!!」
騒がしい声。
足音。
怒号。
けれど。
その喧騒が、
妙に遠い。
崖上。
朝日を背に。
ミレイユは、
ぼんやり空を見ていた。
そして。
次の瞬間。
ふわり、と。
後ろから、
抱き締められる。
「……っ」
温かい。
広い胸。
血と火薬の匂い。
聞き慣れた鼓動。
ジークだった。
「無茶しすぎです」
低い声。
怒っている。
なのに。
その腕は、
震えるほど優しかった。
ミレイユは、
ゆっくり目を閉じる。
張り詰めていたものが、
崩れそうだった。
「……あなたが来てくれて」
声が掠れる。
「本当に、
夢みたいです」
ぎゅっと。
ジークの服を掴む。
「もし来なかったら、
わたくし……」
その瞬間。
ジークが、
静かに言った。
「あなたの相棒なので」
耳元で響く声。
優しくて。
ずるいくらい、
安心する声。
「いつでも来ますよ」
ミレイユの瞳が、
大きく揺れた。
相棒。
その言葉だけで。
泣きそうになる。
ミレイユは、
震える指で。
ぎゅっと。
ジークの服を掴み直した。
離したくないみたいに。
壊れた子供みたいに。
そして。
ぽつりと零す。
「……なら」
震える声。
「ずっと、
一緒にいてください」
ジークの呼吸が、
僅かに止まる。
ミレイユは、
俯いたまま続けた。
「怖かったんです」
ぽろり。
涙が落ちる。
「ずっと」
「誰かが死ぬんじゃないかって」
「また、
守れないんじゃないかって」
肩が震える。
「本当は、
ずっと怖かった」
王女じゃない。
戦略家でもない。
ただ。
傷付いた、
一人の女の子の声だった。
ミレイユは、
涙を堪えながら笑う。
「でも……」
ぎゅっと。
ジークへ縋る。
「貴方がいると、
怖くないんです」
「貴方がいるだけで、
わたくし……」
涙声になる。
「ちゃんと、
前を向ける」
沈黙。
朝日が、
二人を照らす。
ジークは、
何も言わなかった。
ただ。
壊れ物へ触れるみたいに。
そっと。
ミレイユの頭へ、
額を寄せる。
そして。
掠れた声で、
小さく笑った。
「……そんな顔されたら」
灰色の瞳が、
優しく細まる。
「もう、
一生離れられないじゃないですか」
その瞬間。
ミレイユの瞳から、
涙が溢れた。
朝日が昇る。
長かった夜が、
終わっていく。
そして。
辺境で出会った二人は。
ようやく。
同じ未来を、
見始めていた。




