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温室に残る愛

午後の陽射しが、

柔らかく温室を照らしていた。


 


ガラス越しの光。


 


揺れる葉。


 


土の匂い。


 


その奥に設けられた小さなテーブルで、

三人は紅茶を囲んでいた。


 


ミレイユ。


 


ルシアン。


 


そして、

ジンジャー。


 


焼き菓子の甘い香りが、

静かに広がっていく。


 


ミレイユは、

嬉しそうに温室を見回した。


 


「やっぱり、

こちらのお屋敷は素敵ですわね」


 


金色の瞳が、

きらきら輝いている。


 


「こんな立派な温室まであって……」


 


「本当に羨ましいです」


 


そして。


 


ふと、

不思議そうに首を傾げた。


 


「でも、

よく許していただけましたわね」


 


「野菜作りなんて、

貴族の方々は嫌がりそうですのに」


 


その瞬間。


 


ジンジャーが、

少しだけ困ったように笑った。


 


「……これは、

お母様の趣味だったんです」


 


ミレイユが、

ぱちりと瞬きをする。


 


「まぁ」


 


嬉しそうな声。


 


「では、

きっとお話が合いますわ!」


 


「是非、

お会いしてみたいです」


 


その瞬間。


 


空気が、

少しだけ止まった。


 


ジンジャーが、

静かに視線を落とす。


 


ルシアンは、

ほんの少しだけ間を空けた。


 


まるで。


 


言葉を選ぶように。


 


そして。


 


静かな声で口を開く。


 


「……母は、

既に亡くなっています」


 


ミレイユの表情が、

僅かに曇る。


 


ルシアンは続けた。


 


「母は庶民出身でした」


 


「幼い頃は、

食べ物にも困っていたと聞いています」


 


「だからでしょうか」


 


深緑の瞳が、

静かに温室を見渡す。


 


「食べ物を、

とても大切にする人でした」


 


「野菜も」


 


「果物も」


 


「残り物も」


 


「“命だから無駄にしてはいけない”と、

よく言っていました」


 


静かな声だった。


 


だが。


 


その一言一言に、

深い愛情が滲んでいた。


 


ミレイユは、

そっと目を細める。


 


そして。


 


ふわりと笑った。


 


「……とても素敵なお母様なのですね」


 


その瞬間。


 


ジンジャーが、

驚いたように顔を上げた。


 


まるで。


 


信じられないものを見るみたいに。


 


「……馬鹿に、

しないのですか?」


 


小さな声だった。


 


ミレイユが、

きょとんとする。


 


「何をです?」


 


ジンジャーは、

少しだけ唇を震わせた。


 


「お母様が……

庶民だったことを」


 


「他の貴族の方々は……」


 


そこで、

言葉が止まる。


 


きっと。


 


今まで何度も、

心ない言葉を聞いてきたのだろう。


 


空気が、

静かに沈む。


 


だが。


 


ミレイユは、

本当に不思議そうに首を傾げた。


 


「……どうして?」


 


静かな声。


 


「たまたま、

生まれた場所が違っただけでしょう?」


 


ジンジャーが、

息を呑む。


 


ミレイユは、

ゆっくり続けた。


 


「庶民だから」


 


「貴族だから」


 


「そんなもので、

命の価値は変わりませんわ」


 


金色の瞳が、

まっすぐジンジャーを見る。


 


優しく。


 


けれど、

少しも揺るがずに。


 


「皆、同じ血が流れています」


 


「同じようにお腹が空いて」


 


「同じように泣いて」


 


「同じように誰かを大切に思うでしょう?」


 


温室へ、

静かな風が吹き抜ける。


 


ミレイユは、

そっと笑った。


 


「貴女のお母様は、

食べ物の大切さを知っていた」


 


「だから、

こうして貴女達へ残したのでしょう?」


 


白い指が、

小さなトマトの苗へ触れる。


 


「この温室も」


 


「この野菜も」


 


「“生きることを大切にしなさい”っていう、

愛情そのものですわ」


 


その瞬間。


 


ジンジャーの瞳から、

ぽろりと涙が落ちた。


 


「あ……」


 


慌てて拭おうとする。


 


けれど。


 


涙は止まらなかった。


 


今まで。


 


母を誇りに思う度に、

どこか後ろめたかった。


 


庶民出身。


 


貴族に相応しくない。


 


陰で、

何度も言われてきた。


 


でも。


 


目の前の王女は、

そんなものを一度も笑わなかった。


 


それどころか。


 


“素敵なお母様”だと、

真っ直ぐ言ってくれた。


 


ジンジャーは、

堪えきれず俯く。


 


「……っ」


 


肩が震える。


 


ミレイユが、

少し困ったように瞬きをした。


 


「えっ、あの……」


 


「わ、わたくし、

何か変なことを……」


 


完全にオロオロしていた。


 


その姿を見て。


 


ルシアンは、

静かに目を細める。


 


胸の奥が、

じわりと熱かった。


 


この人は。


 


国を変えようとしている。


 


市場を動かし。


 


民を救い。


 


貴族達を黙らせる。


 


けれど。


 


本当に凄いのは、

そこじゃない。


 


この人は。


 


誰かが、

ずっと傷付いていた場所へ。


 


何の迷いもなく、

真っ直ぐ手を伸ばせる。


 


そして。


 


その痛みを、

否定しない。


 


ルシアンは、

静かに微笑んだ。


 


――あぁ。


 


この人が、

婚約者で良かった。


 


心の底からそう思った。

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