王室ブランド
王城・円卓会議室。
重厚な空気が、
部屋全体を支配していた。
長机を囲むのは。
国王。
宰相。
大臣達。
そして、
第一王女ミレイユ・ヴェルディア。
机の上には、
いくつもの小瓶が並べられていた。
果実酒。
ジャム。
乾燥果物。
保存肉。
どれも、
最近王都で爆発的に噂になっている品だった。
だが。
今この場に漂っているのは、
称賛ではない。
怒気だった。
国王が、
低い声で口を開く。
「……どういうことだ」
空気が震える。
「王室の名を使い、
勝手に事業を始めたそうだな」
重い声。
誰も口を開けない。
だが。
その中心で。
ミレイユだけが、
静かに微笑んでいた。
「えぇ」
優雅に頷く。
「始めましたわ」
堂々としている。
悪びれもしない。
国王の額へ、
青筋が浮かんだ。
「誰の許可を得た」
「必要でしたか?」
空気が止まる。
大臣達が、
一斉に顔色を変える。
だが。
ミレイユは、
全く怯まなかった。
白い指で、
小瓶をひとつ持ち上げる。
透き通る琥珀色のジャム。
陽光を受け、
宝石みたいに輝いていた。
「これは、
本来廃棄される果実から作られています」
静かな声。
「王室から出る余剰食材」
「そして、
市場へ並べられなかった果物」
「少し傷がある」
「形が悪い」
「大きさが揃わない」
「見栄えが悪い」
「――それだけで、
価値がないと切り捨てられたもの達です」
しん、と空気が静まる。
誰も口を挟めない。
ミレイユは、
静かに続けた。
「それらを加工し、
販売する」
「売上金は、
国民へ還元する予定です」
「既に宰相へ、
事業計画書も提出しておりますわ」
その瞬間。
大臣達の視線が、
一斉に宰相へ向く。
宰相は、
静かに目を閉じた。
「……事実です」
空気が揺れた。
つまり。
この王女。
思いつきで暴走しているわけではない。
既に、
根回しまで終えている。
ミレイユは、
ゆっくり視線を上げた。
金色の瞳が、
真っ直ぐ国王を見る。
「これは慈善活動です」
「国民の評価を上げ」
「貴族の評価も上げます」
静かな声。
だが。
一言一言が、
重い。
「さらに」
ミレイユが、
小さく笑う。
「王室料理人が作る」
「王室から出される」
「――この“ブランド力”を活かします」
ざわり。
空気が揺れた。
大臣達の顔色が変わる。
理解したのだ。
この王女。
“市場”を見ている。
しかも、
王族の価値そのものを商品化している。
国王が、
低く唸る。
「……商売など、
王族のやることではない」
その瞬間。
ミレイユが、
くすりと笑った。
小さな笑い声。
なのに。
何故か、
誰も背筋を伸ばしてしまう。
「古いですわね」
静かな声。
「……何?」
ミレイユは、
ゆっくり紅茶を口へ運ぶ。
そして。
かちゃり、とカップを置いた。
「国民の王政支持率が、
年々下がっていることはご存知でしょう?」
沈黙。
空気が凍った。
誰も、
息をできない。
それは。
この国で、
最も触れてはいけない話題だった。
ミレイユは、
笑っていた。
だが。
その瞳だけが、
恐ろしいほど冷静だった。
「税への不満」
「貴族への反感」
「食糧価格の高騰」
「地方格差」
「飢餓」
淡々と並べられる言葉。
まるで。
国の膿を、
一つずつ暴いていくみたいに。
誰も口を挟めない。
挟めるはずがない。
全部、
事実だった。
ミレイユは、
静かに笑う。
「ですが、
王室主導の慈善事業が成功すれば」
「国民はこう思います」
金色の瞳が、
ゆっくり細められる。
「――王族は、
自分達を見捨てていない、と」
沈黙。
完全な静寂。
大臣達の顔から、
血の気が引いていた。
理解してしまったのだ。
この王女は。
ただ優しいだけではない。
感情論でもない。
国民感情。
市場。
流通。
王政支持。
全部計算している。
その時だった。
後方で控えていたレオンが、
小さく息を呑む。
……違う。
いつものミレイユじゃない。
侍女へ食事を配り。
騎士寮で果物を干し。
笑いながら騒いでいた王女ではない。
今ここにいるのは。
国を動かそうとしている人間だ。
戦略家だった。
しかも恐ろしいことに。
ミレイユ本人は、
自分が恐れられていることにすら気付いていない。
ミレイユは、
ゆっくり国王を見る。
その姿は、
あまりにも美しかった。
だが。
その圧は、
王すら沈黙させる。
「反対なさいますか?」
静かな声。
逃げ道を塞ぐ声だった。
「国民への還元を」
「王政支持率の改善を」
「王室評価の回復を」
「地方救済を」
「食料廃棄問題の解決を」
一つずつ。
丁寧に。
逃げ道を潰していく。
そして最後に。
ミレイユは、
にこりと笑った。
ぞくり、とするほど綺麗な笑顔。
「……それとも」
小さく首を傾げる。
「捨てた方が、
よろしいですか?」
誰も、
答えられなかった。




