第一王女、市場を喰う
陽射しが、
大きな窓から柔らかく差し込んでいた。
王城・白薔薇の間。
本日そこで開かれているのは、
第一王女ミレイユ主催の茶会だった。
白いテーブルクロス。
磨き上げられた銀食器。
色とりどりの花。
そして。
並べられた菓子は、
どれも見慣れないものばかりだった。
「まぁ……」
若い令嬢が、
思わず声を漏らす。
小さなガラス皿。
そこへ並べられていたのは、
艶やかな橙色の果実。
半透明に輝くそれは、
宝石みたいに美しかった。
「こちら、
果物ですの……?」
「えぇ」
優雅な声。
テーブルの奥で、
ミレイユが微笑む。
淡い蒼のドレス。
金糸のような髪。
そして。
誰より美しく微笑みながら、
とんでもないことを言った。
「干しましたの」
沈黙。
令嬢達が、
ぱちぱちと瞬きをする。
干した?
これを?
王族が?
その隣では、
別の令嬢が小瓶を見つめていた。
「こちらは……?」
「林檎のジャムですわ」
「ジャム……」
「パンへ塗ると美味しいの」
ミレイユは、
当然のように説明する。
その姿は、
完璧な淑女だった。
だが。
言っている内容だけが、
妙に生活感に溢れている。
令嬢達は、
恐る恐る口へ運んだ。
そして。
「……っ!」
空気が変わる。
「お、美味しい……!」
「なにこれ……!」
「甘いのに、
果実の味が濃い……!」
「こちらのお茶にも合いますわ!」
一瞬で、
場がざわついた。
ミレイユは、
静かに紅茶を口へ運ぶ。
そして。
にこりと笑った。
完全に、
獲物を仕留めた顔だった。
「気に入っていただけた?」
令嬢達が、
勢いよく頷く。
「はい!」
「こんなもの初めてです!」
「どちらのお店ですの!?」
その瞬間。
ミレイユが、
ふわりと微笑んだ。
そして。
さらりと言う。
「わたくしが作りましたの」
沈黙。
風が止まった。
令嬢達の笑顔が、
ぴたりと固まる。
……今、
なんと?
ミレイユは、
優雅に足を組む。
「果物は干すことで、
長期保存が可能になります」
「季節を越えて楽しめますし、
遠征や災害時の保存食にもなりますわ」
「ジャムも同様です」
静かな声。
だが。
その場にいる誰よりも、
強い声だった。
令嬢達が、
呆然とミレイユを見る。
王女が。
保存技術を語っている。
しかも。
誰より楽しそうに。
ミレイユは、
紅茶を置いた。
かちゃり、と小さな音が響く。
「ですので」
金色の瞳が、
ゆっくり細められる。
「今後、
王室主導で事業化しようかと考えておりますの」
ざわっ――
空気が揺れた。
令嬢達の顔色が変わる。
王室事業。
その意味を、
理解したからだ。
ただの趣味ではない。
国が動く。
市場が変わる。
流通が変わる。
貴族達の視線が、
一気に熱を帯びる。
ミレイユは、
それを静かに見渡した。
そして。
にこりと笑う。
あまりにも美しい笑顔。
けれど。
その実。
完全に。
“勝負師”の顔だった。
「廃棄されていた果物が、
価値へ変わるのです」
「素敵でしょう?」
誰も、
返事ができない。
その時だった。
年配の侯爵夫人が、
震える声で呟く。
「……殿下」
ミレイユが、
ゆっくり視線を向ける。
侯爵夫人は、
まるで何か恐ろしいものを見る顔で言った。
「貴女様は一体、
どこまで見えていらっしゃるのですか……?」
沈黙。
ミレイユは、
ぱちりと瞬きをする。
そして。
少し困ったように笑った。
「さぁ?」
その笑みは、
どこまでも優雅で。
どこまでも危険だった。
その日を境に。
王都では、
ある噂が広がり始める。
――第一王女が、
市場を喰い始めた。




