料理長の決意
数日後――
王城・調理場。
甘い香りが、
静かに広がっていた。
料理人達。
侍女達。
使用人達。
皆の視線が、
調理台の前へ集まっている。
そこに立つのは、
第一王女ミレイユ。
そして。
料理長は、
目の前の皿を見つめていた。
琥珀色の果実。
薄く切られ、
丁寧に乾燥されたそれは、
宝石みたいに美しい。
ミレイユが、
ふわりと笑う。
「覚えていらっしゃいますか?」
料理長が、
ぴくりと目を動かす。
「十年前」
「わたくし、
貴方へ同じものをお渡ししましたわ」
静かな声。
料理長の脳裏へ、
小さな王女の姿が過る。
まだ幼かった少女。
無邪気に笑っていた、
あの日の少女。
料理長が、
ゆっくりドライフルーツを口へ運ぶ。
噛んだ瞬間。
懐かしい甘みが、
広がった。
「……あぁ」
掠れた声が漏れる。
「思い出しました」
当時は廃棄品で作っただろうドライフルーツ
今回も廃棄されるはずのもので作ったものだろう
ミレイユは、
少しだけ嬉しそうに笑った。
だが。
次の瞬間。
その瞳が、
真っ直ぐ皆を見据える。
空気が変わる。
「ですが」
「今回は、
おやつを作りたいわけではありません」
調理場が、
静まり返る。
ミレイユは、
机の上の果物を手に取った。
少し傷がある。
形も歪だ。
「皆さんは、
ご存知ですか?」
「農民達は、
納品前に選別されます」
「形が悪い」
「少し傷がある」
「大きさが違う」
「それだけで、
買い取ってもらえない作物があるのです」
料理人達の顔が、
曇る。
ミレイユは、
静かに続けた。
「ですが」
「味は変わりません」
「工夫すれば、
食べられる」
「保存もできる」
そう言って、
琥珀色の果実を持ち上げる。
「十年前のわたくしは、
ただ“もったいない”と思っていました」
「ですが」
「今は違います」
金色の瞳が、
真っ直ぐ皆を射抜く。
「知識を学びました」
「加工方法も」
「保存方法も」
「流通も」
「利益の生み方も」
空気が、
ぴんと張り詰める。
ミレイユは、
はっきりと言い切った。
「わたくしは、
これを事業にしたいのです」
ざわっ――
調理場が揺れる。
誰もが、
目を見開いた。
ミレイユは、
構わず続ける。
「買い取られなかった作物を仕入れる」
「加工する」
「保存食として販売する」
「そうすれば」
「農民達は、
今以上に作物で利益を得られる」
「食糧も増える」
「廃棄も減る」
「そして利益が出れば」
ミレイユは、
ゆっくり皆を見た。
「皆さんの食事を、
もっと良くできます」
「給金も、
増やせるかもしれません」
誰も、
声を出せなかった。
夢物語じゃない。
この王女は、
本気で計算している。
本気で、
国を動かそうとしている。
だが。
ミレイユは、
そこで小さく笑った。
「ですが」
「わたくし一人では、
できません」
「加工する人」
「管理する人」
「売る人」
「運ぶ人」
「皆さんの力が必要なのです」
そして。
ミレイユは、
深く頭を下げた。
王女とは思えないほど、
真っ直ぐに。
「お願いです」
「どうか、
力を貸してください」
「一緒に」
金色の瞳が、
静かに輝く。
「この国を、
豊かにしませんか?」
沈黙。
長い沈黙だった。
そして。
最初に動いたのは、
料理長だった。
大きな手で、
顔を覆う。
「……参りましたな」
困ったような声。
ゆっくり、
顔を上げる。
その目は、
もう決まっていた。
「あの日からあなたはずっと変わりませんね
だから、協力したくなる」
そして。
料理長は、
深く頭を下げた。
「この命、
お貸し致します」




