表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/112

悪女の命令

宴が終わりを迎えた頃だった。


 


先ほどまでの華やかさが嘘みたいに、

大広間は慌ただしい空気へ変わっている。


 


侍女たちは、

山のような食器を運び。


 


料理人たちは、

次々と残飯をまとめていた。


 


豪華絢爛だった宴の終わり。


 


そこに残るのは――


 


食べ切れなかった大量の料理だった。


 


その時だった。


 


「……え?」


 


若い侍女が、

思わず目を見開く。


 


大広間の入口。


 


そこへ現れたのは。


 


深い蒼のドレス姿のままの、

第一王女ミレイユ・ヴェルディアだった。


 


しかも。


 


両腕には、

大皿が何枚も積まれている。


 


さらに肩には、

大きな麻袋。


 


どう見ても、

王女の姿ではなかった。


 


侍女達が、

完全に固まる。


 


「ミ、ミレイユ様!?」


 


「なぜこちらに……!?」


 


ミレイユは、

当然のような顔で答えた。


 


「廃棄物処理をしに来ました」


 


静かな声。


 


「食品は、

こちらへ廃棄されるのですよね?」


 


その瞬間。


 


侍女達の顔が、

さっと青ざめる。


 


「お、おやめください!」


 


「わたくし達が怒られてしまいます……!」


 


だが。


 


ミレイユは、

まるで聞いていなかった。


 


テーブルへ歩み寄る。


 


そして。


 


残された料理を、

次々と大皿へ移し始めた。


 


ロースト肉。


 


焼き菓子。


 


果物。


 


まだ温かなスープ。


 


どう見ても、

“廃棄物”には見えない。


 


ミレイユは、

淡々と呟く。


 


「これは廃棄するもの」


 


皿へ移す。


 


「こちらも」


 


綺麗に盛り付ける。


 


「これも廃棄ですね」


 


完全に、

ただの配膳だった。


 


侍女達が、

何も言えなくなる。


 


ミレイユは、

最後の皿を置くと。


 


くるり、と振り返った。


 


そして。


 


にっこり笑う。


 


ぞくり、とするほど、

綺麗な笑顔だった。


 


「命令です」


 


甘い声。


 


けれど。


 


誰も逆らえない声だった。


 


「その廃棄する食品を、

使用人棟へ運んでくださる?」


 


金色の瞳が、

静かに細められる。


 


「目の前にあると、

不快なの」


 


ぞわっ――


 


侍女達の背筋が震える。


 


完全に。


 


“悪女”の顔だった。


 


「さぁ」


 


ミレイユが、

優雅に微笑む。


 


「早く片付けてしまいましょう?」


 


その圧に。


 


侍女達は、

半ば反射で動き出していた。


 


その横で。


 


ミレイユは、

何事もない顔で果物を麻袋へ詰め込んでいく。


 


林檎。


 


葡萄。




もはや隠す気がない。


 


そして。


 


満足そうに袋を肩へ担ぐ。


 


「これは、

わたくしのお夜食に――」


 


「……ミレイユ殿下」


 


低い声が、

静かに響いた。


 


空気が止まる。


 


侍女達が、

一斉に顔を引き攣らせた。


 


そこに立っていたのは。


 


赤髪の騎士。


 


近衛騎士副団長、

レオン・グラディース。


 


鋭い眼差しが、

真っ直ぐミレイユへ向けられている。


 


ミレイユは、

すっと視線を逸らした。


 


完全に、

子供だった。


 


レオンが、

静かに口を開く。


 


「どうして、

部屋を抜け出されたのですか」


 


ミレイユは、

目を合わせないまま答える。


 


「侍女達が、

しっかり働いているか確認していました」


 


説得力ゼロだった。


 


レオンの視線が、

大皿へ移る。


 


綺麗に盛り付けられた料理。


 


そして。


 


ミレイユが肩に担いでいる、

ぱんぱんの麻袋。


 


沈黙。


 


レオンは、

静かに全てを察した。


 


……またか。


 


深いため息が落ちる。


 


「部屋から出られる際は、

お声がけください」


 


ミレイユが、

少しだけ眉を下げる。


 


「夜も遅いので、

悪いと思いました」


 


「それは――」


 


レオンが、

言葉を失う。


 


そして。


 


額を押さえた。


 


「……はぁ」


 


完全に頭痛がする顔だった。


 


「また叱られますよ」


 


すると。


 


ミレイユが、

きょとんと瞬きをする。


 


そして。


 


ふわりと笑った。


 


「叱られる?」


 


夜の灯りの中。


 


その笑みだけが、

やけに綺麗だった。


 


「私は、

仕事の遅い侍女達を虐めていただけですから」


 


侍女達が、

ぶんぶん首を横に振る。


 


違います。


 


むしろ救われています。


 


だが誰も、

口には出せなかった。


 


レオンが、

じっとミレイユを見る。


 


その視線を受けながら。


 


ミレイユは、

小さく肩を竦めた。


 


「……どうせまた」


 


少しだけ、

困ったように笑う。


 


「“王族としての自覚が足りない”

と言われるのでしょうね」


 


静かな声。


 


けれど次の瞬間。


 


金色の瞳が、

真っ直ぐレオンを見る。


 


「でも」


 


その声は、

驚くほど強かった。


 


「私は、

王族だからこそ」


 


「彼女達を虐めているのよ」


 


沈黙。


 


レオンの目が、

僅かに細まる。


 


ミレイユは、

静かに笑った。


 


「王族の命令なら、

誰も逆らえないでしょう?」


 


その瞬間。


 


レオンは、

小さく息を吐いた。


 


……敵わない。


 


この人は。


 


結局。


 


レオンは何も言わず、

ミレイユの肩から麻袋を受け取った。


 


ずしり、と重い。


 


果物が、

大量に入っていた。


 


「……お持ちします」


 


ミレイユの瞳が、

ぱっと輝く。


 


「まぁ」


 


少し嬉しそうに笑う。


 


「ありがとうございます」


 


そして。


 


王女と騎士は、

並んで夜の廊下を歩き出す。


 


その背を見送りながら。


 


侍女達だけが、

静かに涙を堪えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ