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感情を殺して

夜だった。


 


王城は、

眩しいほどの光に包まれていた。


 


巨大なシャンデリア。


 


磨き抜かれた大理石。


 


金糸で飾られた壁。


 


豪華絢爛な音楽が、

広間いっぱいへ流れている。


 


着飾った貴族達は、

笑みを浮かべながら酒杯を傾けていた。


 


誰もが、

優雅だった。


 


誰もが、

美しかった。


 


けれど。


 


「……皆、

偽物みたいな笑顔ね」


 


ぽつりと。


 


冷えた声が落ちる。


 


王城上階。


 


広間を見下ろせる回廊で、

ミレイユは静かに立っていた。


 


深い蒼のドレス。


 


胸元には、

王家の宝石。


 


長い金髪は、

宝石みたいに輝いている。


 


完璧な王女。


 


誰が見ても、

そう思うだろう。


 


けれど。


 


その金色の瞳だけは、

冷えていた。


 


ミレイユは、

眼下の宴を見つめながら小さく息を吐く。


 


「こんな豪華な宴を開くくらいなら」


 


グラスを傾けて笑う貴族達。


 


山のように並ぶ料理。


 


食べられることなく、

捨てられていく食事。


 


脳裏に浮かぶ。


 


辺境で、

干からびた芋を分け合っていた冬。


 


温かいスープに、

泣いていた侍女。


 


「少しでも民へ還元すればいいのに」


 


静かな声だった。


 


けれど。


 


その怒りは、

十年前より遥かに深かった。


 


後ろに控えていたレオンが、

静かに目を伏せる。


 


何も言えなかった。


 


ミレイユは、

ゆっくり視線を閉じる。


 


――戻ってきてしまった。


 


煌びやかで。


 


息苦しい場所へ。


 


その時だった。


 


「第一王女、

ミレイユ・ヴェルディア殿下のご入場です――!!」


 


高らかな声が、

広間へ響き渡る。


 


同時に。


 


巨大な扉が、

ゆっくり開いた。


 


ざわめきが止まる。


 


全ての視線が、

階段上へ集まった。


 


そこに立っていたのは。


 


一人の王女。


 


深い蒼を纏い。


 


金色の髪を揺らしながら。


 


静かに、

階段を降りてくる。


 


十年ぶりの表舞台。


 


表向きは。


 


“病気療養のため、

辺境で静養していた王女”。


 


だからこそ。


 


貴族達は、

彼女を知らない。


 


「……綺麗」


 


誰かが、

息を呑む。


 


「なんてお美しい……」


 


感嘆の声が、

あちこちから漏れた。


 


ミレイユは、

微笑む。


 


完璧な笑みだった。


 


優雅で。


 


柔らかくて。


 


まるで。


 


精巧に作られた、

人形みたいに美しい。


 


けれど。


 


その笑みの奥に、

感情はなかった。


 


一段。


 


また一段。


 


階段を降りるたび、

歓声が大きくなる。


 


――気持ち悪い。


 


心の奥で、

静かに思う。


 


辺境では。


 


泥だらけで笑っていた。


 


土の匂いがした。


 


誰も、

着飾っていなかった。


 


でも。


 


皆、

ちゃんと笑っていた。


 


ミレイユは、

胸の奥がぎり、と痛むのを感じる。


 


やがて。


 


国王の隣へ立つ。


 


広間へ向け、

国王が口を開いた。


 


「本日、

第一王女ミレイユ・ヴェルディアの成人の儀を執り行う」


 


拍手。


 


歓声。


 


まるで祝福の嵐だった。


 


ミレイユは、

静かに目を伏せる。


 


その音が。


 


どうしてこんなにも、

遠く聞こえるのだろう。


 


やがて。


 


成人の儀が終わる。


 


そして。


 


国王が、

再び口を開いた。


 


「続いて、

婚約を発表する」


 


空気が、

ざわりと揺れた。


 


ミレイユの睫毛が、

僅かに動く。


 


国王の隣へ。


 


一人の青年が歩み出る。


 


背が高い。


 


整った顔立ち。


 


金糸のような髪。



そして、

エメラルドのような深緑の瞳


 


纏う空気は、

穏やかで洗練されていた。


 


いかにも、

“理想の貴公子”。


 


そして。


 


この国で最も権力を持つ男の息子。


 


「宰相家嫡男、

ルシアン・エヴァルド」


 


完璧な礼。


 


貴族達から、

感嘆の声が漏れる。


 


「お似合いだ……」


 


「なんて美しい……」


 


「まるで絵画のよう……」


 


そんな声が、

あちこちから聞こえてくる。


 


ミレイユは、

笑った。


 


完璧に。


 


一分の隙もなく。


 


ルシアンもまた、

優しく微笑み返す。


 


誰が見ても、

理想的な婚約者同士だった。


 


けれど。


 


ミレイユの胸の奥だけが、

静かに冷えていた。


 


脳裏に浮かぶ。


 


銀髪。


 


夕焼けの畑。


 


木剣。


 


笑い声。


 


『貴方の帰る場所は、

ここにあります』


 


胸が、

痛かった。


 


なのに。


 


ミレイユは、

笑う。


 


王女だから。


 


この国のために生きる者だから。


 


誰より綺麗に。


 


誰より完璧に。


 


感情を殺して。

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