十年越しの答え
王城――執務室。
重たい静寂が、
空間を支配していた。
窓から差し込む光さえ、
冷たい。
机の向こう側では、
国王が静かにミレイユを見据えている。
そして。
その前には、
真っ直ぐ立つ第一王女。
深い蒼のドレス。
長い金髪。
辺境から戻った少女は。
もう。
十年前の幼子ではなかった。
「……報告は聞いた」
国王が、
低く口を開く。
「また厨房へ入り込んだそうだな」
静かな声。
けれど。
空気が、
ぴん、と張り詰める。
ミレイユは、
何も言わない。
国王は続けた。
「使用人へ食事を配り」
「王族自ら料理を振る舞い」
「頭まで下げたと聞いている」
灰色の瞳が、
鋭く細められる。
「十年前から、
何も成長していないな」
沈黙。
侍従達が、
静かに息を呑む。
――もうお前は話にならん。
十年前。
告げられたあの声が蘇る。
『辺境の地で反省してこい』
『十年間、辺境の地で反省しろ』
脳裏に焼き付いている。
冷たい王の声。
泣きそうな王妃の顔。
凍りついた広間。
そして。
『私は、決して変わりません』
あの日。
震えながらも、
自分は確かにそう言った。
ミレイユは、
ゆっくり顔を上げる。
金色の瞳が、
真っ直ぐ国王を見据えた。
そして。
ふっと笑う。
「あら」
穏やかな声。
「成長していないのは、
お互い様ではありませんか?」
その瞬間。
空気が凍った。
侍従達の顔色が、
一斉に変わる。
だが。
ミレイユは、
もう止まらない。
「十年前、
父上はわたくしへ仰いました」
静かな声。
「“その思想は危険だ”と」
国王の眉が、
ぴくりと動く。
ミレイユは、
小さく首を傾げた。
「ですが不思議です」
金色の瞳が、
静かに細められる。
「辺境の民は、
誰も危険だとは言いませんでした」
沈黙。
「温かい食事を食べて、
笑っていました」
脳裏に浮かぶ。
鍋を囲んで笑う村人達。
涙を流してスープを飲む侍女。
“おいしい”と笑った人々。
ミレイユは、
静かに続ける。
「あの野菜は、
わたくしが辺境の民達と共に育てたものです」
「土を耕し」
「水を引き」
「冬を越えるために、
皆で育てた命です」
その声は、
静かだった。
けれど。
十年前とは違う。
幼い理想論ではない。
実際に人を生かしてきた、
重みがあった。
ミレイユは、
一歩前へ出る。
侍従達が息を呑む。
「父上は、
辺境をご覧になったことがありますか?」
国王の目が、
僅かに細められる。
「飢えで泣く子供を」
「雪の中で凍える老人を」
「明日を諦めた民を」
ミレイユの拳が、
小さく震える。
「わたくしは、
見ました」
静かな声。
「だから、
見なかったことにはできません」
空気が、
張り詰める。
十年前。
小さな王女は、
真正面から王を睨み返した。
そして今。
十年を経て。
再び、
同じ瞳で王を見据えている。
けれど。
もう違う。
今のミレイユは。
理想だけを語る子供ではない。
辺境を変えた実績がある。
飢餓をなくした結果がある。
民が、
彼女を慕っている。
誰も。
もう。
「夢物語だ」と、
笑えなかった。
ミレイユは、
静かに頭を下げる。
「無礼は承知しております」
長い金髪が、
さらりと落ちた。
「ですが」
ゆっくり顔を上げる。
その瞳には、
もう迷いがない。
「十年前と同じです」
静寂。
そして。
未来の王女は、
真っ直ぐ言い切った。
「わたくしは、
決して変わりません」




