十年越しの約束
朝だった。
王城の窓から、
柔らかな陽光が差し込んでいる。
磨き上げられた白い床。
豪奢な装飾。
静かすぎる空間。
辺境とは、
何もかも違った。
長い食卓には、
豪華な朝食が並べられている。
焼きたての白パン。
果物。
香草の香る温かなスープ。
けれど。
ミレイユは、
小さく息を吐いた。
「……多いですね」
ぽつり。
辺境では、
忙しすぎてクロヴィスに怒られながらも、
立ったままパンを齧る朝もあった。
泥だらけで笑いながら、
食事をした。
その記憶が、
胸を締め付ける。
その時だった。
コンコン――。
静かなノック。
侍女が、
恭しく頭を下げる。
「ミレイユ様」
「本日より殿下を護衛する、
近衛騎士の方々がお見えです」
ミレイユは、
静かに顔を上げた。
「……通してください」
扉が開く。
まず入ってきたのは、
二人の騎士だった。
白銀の騎士服。
整った所作。
若いが、
空気から実力が滲んでいる。
二人は、
揃って片膝をついた。
「近衛騎士、
アルフレッド・ノインです」
「同じく、
セシル・ラングです」
礼儀正しい挨拶。
ミレイユも、
静かに頷く。
だが。
次の瞬間。
三人目が、
ゆっくり部屋へ入ってきた。
その瞬間だった。
ミレイユの瞳が、
大きく見開かれる。
赤髪。
深い蒼の騎士服。
腰の剣。
静かな眼差し。
十年前より、
ずっと大人になっていた。
けれど。
忘れるはずがなかった。
「……え?」
掠れた声。
男が、
静かに片膝をつく。
胸元には、
近衛騎士副団長の紋章。
そして。
低い声が、
静かに響いた。
「近衛騎士副団長、
レオン・グラディース」
その瞬間。
「レオン様!?」
ぱっと、
ミレイユが立ち上がった。
侍女達が、
驚いたように目を見開く。
ミレイユは、
信じられないものを見るようにレオンを見つめていた。
「まぁ……!」
次の瞬間。
花が咲いたみたいに笑う。
「お久しぶりです!」
嬉しそうな声。
「お会いしたかったんですよ?」
レオンが、
僅かに息を止める。
ミレイユは、
そのまま彼へ近づいた。
「お迎えの騎士団の中に、
貴方もいると思っていたのに」
少しだけ、
拗ねたように唇を尖らせる。
「いらっしゃらなくて、
がっかりしていたんです」
そして。
ミレイユは、
迷いなくレオンの手を握った。
「でも」
ふわりと笑う。
「またお会いできて、
本当に嬉しいです」
沈黙。
室内が、
静まり返る。
近衛騎士二人が、
思わず目を見開いていた。
王女殿下が。
近衛騎士副団長へ。
こんなにも親しげに笑うなど、
聞いていない。
しかも。
普段、
感情を見せないことで有名なレオン・グラディースが。
完全に固まっていた。
耳が、
うっすら赤い。
侍女達が、
ざわ……と揺れる。
近衛騎士副団長が露骨に固まっている。
ミレイユは、
全く気づいていない。
「レオン様?」
不思議そうに首を傾げる。
「どうかしました?」
「…………いえ」
掠れた声だった。
レオンは、
なんとか呼吸を整える。
だが。
心臓がうるさい。
どうして。
覚えているんだ。
たった十日ほど、
旅を共にしただけなのに。
王女だ。
きっと数え切れない人間と会ってきたはずなのに。
それなのに。
ミレイユは、
本当に嬉しそうに笑っている。
まるで。
再会を、
ずっと待っていたみたいに。
レオンは、
ゆっくり目を伏せた。
そして。
小さく笑う。
「……お久しぶりです」
十年前。
辺境へ向かう馬車の中。
革命みたいなことを語っていた、
小さな王女。
あの日。
自分の人生は、
確かに変わった。
レオンは、
静かに顔を上げる。
真っ直ぐミレイユを見た。
「殿下」
低い声。
「私は、
貴方をお守りするために」
胸へ手を当てる。
「この十年、
剣を振るってきました」
空気が静まる。
ミレイユが、
小さく目を見開いた。
レオンは続ける。
「辺境へ向かわれたあの日」
「貴方は、
全ての民を知りたいと仰った」
脳裏に焼き付いている。
焚き火の前。
未来を語る、
幼い王女の姿。
「だから私は」
真っ直ぐな声。
「いつか、
その未来を支えられる騎士になりたいと思ったのです」
沈黙。
ミレイユの睫毛が、
小さく震えた。
そして。
ふわりと笑う。
辺境にいた頃と、
変わらない笑顔で。
「……まぁ」
少しだけ、
困ったように。
「そんなことを言われたら」
金色の瞳が、
優しく細められる。
「わたくし、
頑張るしかなくなってしまいますね」




