表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/110

トントン――。


 


静かなノックの音が、

夜の部屋へ響いた。


 


ミレイユは、

膝を抱えたまま顔を上げる。


 


泣いていたことを隠すように、

そっと目元を拭った。


 


「……はい」


 


小さく返事をする。


 


扉が、

ゆっくり開いた。


 


そこから、

ひょこりと小さな顔が覗く。


 


金色の髪。


 


澄んだ蒼い瞳。


 


まだ幼い、

小さな男の子だった。


 


ミレイユが、

目を瞬く。


 


「……え?」


 


男の子は、

緊張したように背筋を伸ばした。


 


そして。


 


ぺこりと頭を下げる。


 


「はじめまして、お姉様」


 


まだ少し舌足らずな声。


 


けれど。


 


一生懸命、

礼儀正しく名乗った。


 


「ぼくの名前は、

エリアス・ヴェルディアと申します」


 


小さな胸を張る。


 


「八歳です」


 


ミレイユの思考が、

止まる。


 


弟。


 


今。


 


この子は、

なんと言った。


 


その時だった。


 


後ろから、

慌てた侍女の声が飛ぶ。


 


「エリアス様!!」


 


侍女が青ざめた顔で駆け寄ってくる。


 


「駄目です、

勝手に入っては――」


 


エリアスの肩へ、

手を伸ばしかけた瞬間。


 


「待ってください」


 


静かな声だった。


 


侍女が、

はっと動きを止める。


 


ミレイユは、

ゆっくり立ち上がっていた。


 


金色の瞳が、

真っ直ぐ小さな男の子を見る。


 


「……あなたは、

誰ですか?」


 


掠れた声だった。


 


エリアスは、

少しだけ不思議そうに瞬きをする。


 


そして。


 


当たり前みたいに笑った。


 


「僕は、

あなたの弟です」


 


その瞬間。


 


ミレイユの瞳が、

大きく見開かれる。


 


弟。


 


自分に。


 


家族が増えていた。


 


十年の間に。


 


知らない間に。


 


胸の奥が、

妙にざわつく。


 


何かを言おうとして。


 


でも、

言葉が出ない。


 


その時だった。


 


「……エリアス」


 


優しい声が響く。


 


振り返る。


 


そこに立っていたのは、

王妃だった。


 


柔らかな金髪。


 


少し疲れたような微笑み。


 


けれど。


 


その瞳だけは、

ずっとミレイユを見つめていた。


 


王妃は、

静かに部屋へ入る。


 


そして。


 


十年ぶりに会う娘へ、

そっと微笑んだ。


 


「長旅、

お疲れ様でした」


 


その一言だけで。


 


胸が、

少し痛くなる。


 


王妃は、

エリアスの肩へ手を置いた。


 


「この子は、

あなたの弟のエリアスです」


 


「あなたが辺境へ行った二年後に生まれました」


 


ミレイユは、

静かにエリアスを見る。


 


エリアスは、

きらきらした目でこちらを見上げていた。


 


「お姉様のお話、

いっぱい聞いてました!」


 


嬉しそうな声。


 


「辺境をすごくしたって!」


 


「牛さん助けたって!」


 

 


侍女が青ざめる。


 


「エ、エリアス様……!」


 


王妃も、

小さく目を見開いた。


 


だが。


 


ミレイユは、

ぽかんとしていた。


 


そして。


 


次の瞬間。


 


ふっと、

小さく吹き出す。


 


「……誰ですか、

そんな話をしたのは」


 


すると。


 


エリアスは、

誇らしげに胸を張った。


 


「父上です!」


 


部屋が静まり返る。


 


王妃が、

思わず口元を押さえた。


 


ミレイユは、

数秒固まったあと。


 


堪えきれないみたいに、

小さく笑った。


 


久しぶりだった。


 


王都へ戻ってから初めて。


 


ほんの少しだけ。


 


心から笑えた気がした。



王妃は、

そんな娘を静かに見つめる。


 


そして。


 


ふと、

小さく口を開いた。


 


「ねぇ、ミレイユ」


 


ミレイユが顔を上げる。


 


王妃は、

少しだけ目を伏せた。


 


「……あの人には、

もう会ったの?」


 


部屋の空気が、

僅かに変わる。


 


エリアスは意味が分からず、

きょとんとしていた。


 


けれど。


 


ミレイユは、

すぐに誰のことか理解した。


 


静かに首を横へ振る。


 


「いいえ」


 


短い返事。


 


王妃は、

娘の顔を見つめた。


 


「会いに行くの?」


 


沈黙。


 


ほんの数秒。


 


けれど長く感じる時間だった。


 


ミレイユは、

ゆっくり立ち上がる。


 


金色の瞳に、

迷いはなかった。


 


「えぇ」


 


静かな声。


 


そして。


 


「もちろんです。

ただ、わたくしがあの方に会うのは

立派な王になった時です」


 


王妃は、

何も言わなかった。


 


ただ。


 


その返事に、

小さく目を閉じる。


 


安堵したようにも。


 


悲しそうにも見えた。


 


ミレイユは、

窓の外へ視線を向けた。


 


王城の夜は静かだった。


 


十年前。


 


私を刺した人。


 


私に気づきを与えてくれた人。


 


そして。


 


ずっと、

会わなければならないと思っていた人。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ