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いってきます

朝だった。


 


辺境の空は、

どこまでも青かった。


 


雲ひとつない空が、

静かに広がっている。


 


バンディア公爵邸の前には、

長い列ができていた。


 


王都から到着した騎士団。


 


白銀の鎧。


 


王家の旗。


 


整然と並ぶ騎士達。


 


その中央には、

豪奢な馬車が停められている。


 


いよいよ。


 


別れの時だった。


 


屋敷の前へ、

一人の女が現れる。


 


ざわめきが止まった。


 


深い蒼を纏った、

王族の正装。


 


胸元には、

ヴェルディア王家の紋章。


 


長い金髪が、

朝日に照らされて輝いている。


 


ミレイユだった。


 


けれど。


 


その瞳だけは、

昔と変わらない。


 


土を愛した、

あの辺境の黄金姫のままだった。


 


クロヴィス。


 


ジーク。


 


アンネ。


 


侍女達。




太郎。


 


皆が、

静かに列を作っている。


 


風が吹いた。


 


ミレイユは、

ゆっくり皆を見渡す。


 


十年間。


 


泣いて。


 


笑って。


 


怒られて。


 


泥だらけになって。


 


生きた場所。


 


胸が、

苦しかった。


 


けれど。


 


ミレイユは、

小さく笑う。


 


そして。


 


深く頭を下げた。


 


「皆様」


 


静かな声。


 


けれど。


 


よく通る、

王女の声だった。


 


「本当に、

ありがとうございました」


 


朝の風が吹く。


 


金色の髪が揺れる。


 


ミレイユは、

ゆっくり顔を上げた。


 


その瞳には、

涙はなかった。


 


「この十年間で、

わたくしは多くを学びました」


 


「土の匂いも」


 


「命の重さも」


 


「人が生きる苦しさも、

温かさも」


 


小さく笑う。


 


「全部、

この土地が教えてくれました」


 


静寂。


 


誰も、

言葉を発せない。


 


ミレイユは、

真っ直ぐ前を向いた。


 


「辺境で生きた十年は」


 


胸へ、

そっと手を当てる。


 


「わたくしの誇りです」


 


その瞬間。


 


あちこちで、

涙を拭う音がした。


 


アンネが、

静かに目を伏せる。


 


侍女達も、

泣いていた。


 


クロヴィスは、

何も言わない。


 


だが。


 


灰色の瞳だけが、

静かに細められていた。


 


そして。


 


ジークが、

一歩前へ出る。


 


銀髪が、

朝日に揺れた。


 


ミレイユを見る。


 


真っ直ぐに。


 


十年間ずっと、

そうしてきたみたいに。


 


「……貴方の帰る場所は」


 


低い声。


 


けれど。


 


少しだけ震えていた。


 


「ここにあります」


 


沈黙。


 


ミレイユの睫毛が、

僅かに揺れる。


 


胸が、

苦しかった。


 


泣きそうになる。


 


でも。


 


ミレイユは、

笑った。


 


辺境で過ごした十年で、

何度も見せてきた笑顔だった。


 


優しくて。


 


少しだけ強がりな。


 


あの笑顔。


 


「えぇ」


 


小さく頷く。


 


そして。


 


ミレイユは、

真っ直ぐジークを見た。


 


「いつでも、

王都は貴方をお待ちしています」


 


その言葉に。


 


ジークの呼吸が、

ほんの少し止まる。


 


けれど。


 


彼もまた、

笑った。


 


不器用で。


 


少しだけ寂しそうな笑顔だった。


やがて。


 


馬車の扉が閉まる。


 


騎士達が動き出した。


 


車輪が、

ゆっくり土を踏む。


 


辺境を離れていく。


 


その瞬間。


 


「ミレイユ様ぁぁぁ!!」


 


声が響いた。


 


窓の外を見る。


 


村人達だった。


 


いつの間にか。


 


道の両側を、

大勢の人々が埋め尽くしていた。


 


農民。


 


商人。


 


職人。


 


老人。


 


母親達。


 


皆、

涙を流しながら手を振っている。


 


「お元気でぇぇ!!」


 


「絶対帰ってきてください!!」


 


「王都ぶっ壊してください!!」


 


「だからそれは駄目です!!」


 


泣き声と笑い声が、

朝の空へ混ざっていく。


 


その時。


 


ぱらり。


 


花びらが舞った。


 


見上げる。


 


子供達だった。


 


小さな手いっぱいに花を抱え、

一生懸命撒いている。


 


白い花。


 


黄色い花。


 


赤い花。


 


春みたいに。


 


空から、

花が降っていた。


 


「ミレイユ様ー!!」


 


その中に。


 


小さな男の子がいた気がした。


 


あの日。


 


「母ちゃんに一番に食べさせたい」


 


そう笑っていた、

あの子。


 


白いイチゴを抱えていた、

小さな背中。


 


ミレイユは、

小さく目を見開く。


 


けれど次の瞬間。


 


ふっと笑った。


 


涙が零れそうになる。


 


でも。


 


泣かなかった。


 


窓へ手を伸ばす。


 


風が、

金色の髪を揺らした。


 


そして。


 


ミレイユは、

笑ったまま呟く。


 


「――いってきます」


 


馬車は進む。


 


愛した辺境を、

背に乗せながら。


 


王女は、

国を変えるための道へ進んでいく。

第一章「辺境編」、完結です。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


次章からは、舞台を王都へ移します。


辺境で過ごした日々が、

ミレイユに何を残したのか。


ぜひ見届けていただけると嬉しいです。


P.S. あとがきに見覚えがある方!

間違っていません。

作者が出すタイミングを間違えました……。

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