追いかけた背中
朝靄の残る訓練場。
乾いた音が響く。
――ガキィン!!
木剣同士が激しくぶつかり合い、
火花のように砂が散った。
「……っ!」
ジークは、
息を切らしながら距離を取る。
対する少女は。
涼しい顔で、
木剣を肩へ担いでいた。
「まだまだですね」
金色の瞳が、
悪戯っぽく細められる。
悔しい。
昔は違った。
剣技も。
勉学も。
騎士として必要な知識も。
全部、
自分の方が上だった。
当然だと思っていた。
王城育ちの王女に、
自分が負けるわけがないと。
なのに。
気づけば。
彼女は、
いつも自分の前を歩いていた。
農地開発。
交易路整備。
国境防衛。
食糧備蓄改革。
辺境を変えたのは、
間違いなく彼女だった。
誰より先に土を見て。
誰より先に民を見て。
誰より先に国を見ていた。
悔しかった。
だから追いかけた。
追いつきたかった。
彼女の隣へ立ちたかった。
ミレイユは、
目標だった。
ライバルだった。
そして。
気づけば、
いつも隣にいた。
「ジーク様?」
はっと顔を上げる。
ミレイユが、
不思議そうにこちらを見ていた。
「どうしました?」
「……いえ」
ジークは、
静かに木剣を握り直す。
だが。
胸の奥が、
妙に苦しかった。
あと少しで。
彼女は帰ってしまう。
王都へ。
本来いるべき場所へ。
繋ぎ止めたい。
ここにいてほしい。
ずっと、
隣にいてほしい。
けれど。
自分には、
辺境騎士団がある。
国境防衛がある。
バンディア公爵家がある。
彼女には。
王位継承権第一位としての責任がある。
だから。
無理なのだ。
ジークは、
小さく目を伏せた。
――忘れてください。
昨日の声が頭から離れない。
『ずっと、
いてほしいって願ってしまいます』
胸が痛かった。
あんな顔で、
笑わないでほしかった。
数時間後。
屋敷の廊下。
ミレイユは、
いつも通り笑っていた。
使用人へ声をかけ。
畑の話をして。
牛舎へ顔を出し。
楽しそうに笑っている。
何も変わらない。
……ように見えた。
けれど。
十年間隣にいたから、
わかってしまう。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
無理をしている。
その時だった。
「……喧嘩でもされたのですか?」
静かな声。
振り返る。
そこには、
アンネが立っていた。
鋭い視線。
完全に気づいている顔だった。
ジークは、
一瞬だけ黙る。
そして。
「……いえ」
小さく目を逸らした。
「別に」




