辺境の黄金姫
ヴェルディア王国――辺境地。
「第三収穫倉庫、満杯です!」
「北側交易路も黒字!」
「今年の飢餓報告、ゼロ!」
歓声の中。
女が、
馬から降りた。
長い金髪。
鋭い金色の瞳。
腰には剣。
背には、
見慣れた古い銃。
かつて、
辺境で泣いていた少女は。
今や。
“辺境の黄金姫”と呼ばれていた。
「……また倉庫を増設しなければなりませんね」
落ち着いた声。
ミレイユは、
積み上げられた木箱を見上げながら息を吐く。
昔より、
ずっと背が伸びていた。
顔立ちも大人びている。
だが。
畑を見る瞳だけは、
あの日と変わらなかった。
村人達が、
次々に頭を下げる。
「ミレイユ様!」
「今年も豊作です!」
「ありがとうございます!!」
以前の辺境では、
考えられない光景だった。
痩せ細っていた畑は、
今では広大な農地へ変わっている。
牛舎も増えた。
交易路も整備された。
そして今では。
豊かな土と安定した食料を求め、
多くの人々がこの地へ移り住んでいた。
農民。
商人。
職人。
新しい仕事を求める者達。
九年前は小さな村だった辺境は、
今や一つの街として発展し始めている。
子供達は、
飢えを知らずに育っている。
その全てを。
この王女が変えた。
「感謝されるのは、
まだ早いですよ」
ミレイユが、
小さく笑う。
「保存庫の湿度管理、
去年より少し甘いです」
「南側の芋畑、
そろそろ虫が出ますね?」
「あと北側土壌、
少し痩せています」
村人達の顔が引き攣った。
「えっ」
「なんで見ただけでわかるんです……?」
ミレイユは、
さらりと言う。
「土が喋っていますもの」
「怖ぇ……」
村人が真顔で呟いた。
その瞬間。
後ろから、
低い声が落ちる。
「相変わらずですね」
振り返る。
そこにいたのは。
銀髪の青年だった。
長身。
鋭い眼差し。
鍛え上げられた体。
腰には二本の剣。
かつて、
震える手でミレイユを守っていた少年は。
今や、
辺境騎士団最強と呼ばれている。
ジーク・バンディア。
女達が、
小さくざわつく。
「ジーク様だ……」
「今日も素敵……」
「怖いけどかっこいい……」
だが。
当の本人は、
呆れたようにミレイユを見ていた。
「また寝ておられないのでしょう」
ミレイユが、
さっと目を逸らす。
「寝ています」
「嘘ですね」
即答。
ジークが、
深いため息を吐く。
「三日前から、
書類部屋に籠もっていると聞きました」
「言い方が酷いです」
「事実でしょう」
昔より口数は減った。
だが。
ミレイユに向ける視線だけは、
昔と変わらない。
その時だった。
遠くから、
一人の兵士が駆けてくる。
「ミレイユ様!!」
緊迫した声。
空気が変わる。
ミレイユとジークの表情が、
同時に引き締まった。
兵士は、
息を切らしながら報告する。
「国境付近で、
ラウゼン側の不審な動きが……!」
その瞬間。
風が吹く。
ミレイユの金髪が、
大きく揺れた。
九年前。
全てを奪われた、
あの日みたいに。
だが今。
ミレイユは、
もう泣いていない。
金色の瞳が、
真っ直ぐ国境を見据える。
静かに。
腰の剣へ触れた。
「……詳細を」
低い声だった。
かつて。
“守れなかった少女”は。
今や。
国境を守る王女となっていた。




