王の決断
王城――謁見の間。
重たい空気が、
静かに漂っていた。
中央では、
長旅を終えた騎士が膝をついている。
泥に汚れた外套。
疲労の滲む顔。
その姿だけで、
事態の深刻さが伝わっていた。
玉座の上。
国王は、
静かに報告書へ目を落としている。
「……バンディア領へ押し入った者達は、
ラウゼン国側の人間と見られています」
低い報告。
謁見の間に緊張が走る。
「犠牲者十四名」
「負傷者三十名以上」
騎士の声が、
僅かに震えていた。
だが。
国王は、
感情を表に出さない。
ただ静かに、
報告を聞いている。
そして。
ゆっくり口を開いた。
「……それで」
低い声。
「ミレイユは無事なのか」
その瞬間。
周囲の空気が、
僅かに張る。
騎士は、
即座に頭を下げた。
「はっ!」
「軽傷は負われましたが、
命に別状はございません!」
「また、
クロヴィス公爵が賊を全て捕縛」
「現在生かしたまま拘束しております」
その言葉に。
王妃が、
小さく息を吐いた。
侍女達の表情にも、
安堵が滲む。
だが騎士は、
慎重に続けた。
「ですが……」
「敵は再び現れる可能性があります」
「辺境は危険です」
「一刻も早く、
ミレイユ様を王都へお戻しした方が――」
その時だった。
「いや」
国王が、
静かに遮る。
騎士が言葉を止めた。
国王は、
報告書を閉じる。
その顔に浮かんでいたのは、
冷静さだった。
「戻す必要はない」
謁見の間が静まり返る。
国王は、
ゆっくり玉座へ背を預けた。
「バンディア領は、
今のヴェルディアで最も重要な土地の一つだ」
「豊作も出ている」
「国境の情勢も含め、
あの子にとって良い経験になる」
冷たいわけではない。
だが。
甘さもない。
それは、
“王”としての声だった。
騎士が、
戸惑ったように顔を上げる。
「ですが、
ミレイユ様はまだお若く――」
「だからこそだ」
静かな声。
だが重い。
国王の瞳が、
まっすぐ騎士を見下ろす。
「民が死ぬ現実も」
「国境が揺らぐ恐怖も」
「王になるなら、
知らねばならん」
その言葉に。
誰も反論できなかった。
王妃は、
静かに目を伏せる。
その横顔には、
複雑な感情が滲んでいた。
心配していないわけではない。
母として、
胸が痛まないはずがない。
だが同時に。
ミレイユが、
変わり始めていることも感じていた。
今は辺境で民と共に生きている。
王妃の指先が、
そっと重なる。
祈るように。
その時。
国王が、
再び口を開いた。
「ラウゼン国へ抗議文を出せ」
「捕らえた賊も尋問しろ」
「国境警備は強化」
「バンディア領への物資支援も増やせ」
淡々とした指示。
だが。
そこには確かに。
“辺境を守る”
という意志があった。
そして最後に。
国王は、
小さく息を吐く。
「……クロヴィスがいる」
ぽつりと零れた声。
それはきっと。
娘を預けた男への信頼だった。




