白いイチゴ
どれほど時間が経ったのか。
アンネが廊下の奥へ消えた瞬間。
ミレイユは静かに顔を上げた。
「……ミレイユ?」
ジークが小さく呼ぶ。
だが。
ミレイユは答えない。
ただ。
震える指で、
そっと扉へ触れた。
ギィ…………
僅かな音を立て、
扉が開く。
冷たい朝の空気が、
頬を撫でた。
「待ってください!」
ジークが慌てて追いかける。
二人は、
静かな廊下を抜けた。
屋敷の外へ出る。
そして。
ミレイユの足が止まった。
そこにあったのは。
地獄だった。
昨日まで、
笑い声が響いていた村。
収穫祭で誰もが浮かれていた場所。
それが今は。
焼け焦げ。
血に染まり。
静まり返っている。
倒れた荷車。
踏み潰された麦。
だが。
そこにあるはずの収穫箱が、
なかった。
ミレイユの瞳が揺れる。
「……野菜が」
掠れた声。
出荷用にまとめていた木箱。
村人達が、
笑いながら積み上げていた収穫物。
それが綺麗に消えていた。
残っているのは、
壊れた木箱の破片だけ。
地面には、
荷車の跡が深く刻まれている。
運ばれたのだ。
人が倒れている。
昨日まで笑っていた人達が。
動かない。
ミレイユの呼吸が、
浅くなる。
喉が震える。
遠くでは、
クロヴィスが部下へ指示を飛ばしていた。
「負傷者を先に運べ!」
「まだ息のある者を探せ!!」
怒号。
呻き声。
泣き声。
その全てが、
ミレイユの胸を抉る。
そして。
視界の端に。
小さな影が見えた。
ミレイユの瞳が、
ゆっくり見開かれる。
そこにいたのは。
昨日イチゴの話をしていた男の子だった。
地面に倒れている。
小さな体。
ぴくりとも動かない。
その隣で。
母親が、
必死に抱きしめていた。
「いやぁぁぁぁっ!!」
掠れた叫び。
「起きてぇぇぇぇ!!」
泣き叫ぶ声が、
村へ響く。
何度も。
何度も。
小さな体を揺する。
だが。
返事はない。
そのすぐ近くには。
土のこぼれた鉢が転がっていた。
イチゴの苗。
昨日。
「母ちゃんに一番に食べさせたい」
そう笑っていた。
まだ白いままの実が、
泥に汚れていた。
ミレイユの指先が、
震える。
視界が揺れる。
胸が苦しい。
息が吸えない。
隣で、
ジークがそっと手を握った。
小さな手。
震えている。
怖いのだ。
ジークも。
それでも。
ミレイユの隣に立っていた。
ミレイユは、
その手を強く握り返す。
ぎゅっと。
痛いくらいに。
そして。
唇が震えた。
「……なんで」
掠れた声。
「なんでよ……」
ぽろり。
涙が落ちる。
次の瞬間。
ミレイユは、
声を上げて泣いた。
壊れたみたいに。
「いやぁぁぁぁぁっ……!!」
叫び声が、
朝焼けの空へ響く。
守りたかった。
守れると思っていた。
冬を越せると思った。
みんなで笑えると思った。
なのに。
幸せは。
あまりにも簡単に壊れた。




