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長い夜

「逃げなきゃ」


 


ジークが、

強くミレイユの手を掴んだ。


 


その声は、

震えていた。


 


ミレイユは、

はっと顔を上げる。


 


「待って!」


 


「みんな置いていけないよ!」


 


村人達の悲鳴が聞こえる。


 


泣き叫ぶ子供。


 


怒鳴り声。


 


何かが壊れる音。


 


けれど。


 


ジークは止まらなかった。


 


「駄目です!!」


 


掴む力が強い。


 


痛いほどに。


 


二人は、

暗い村の中を駆けた。


 


火が見える。


 


誰かが倒れている。


 


犬の太郎が、

狂ったように吠え続けていた。


 


そして。


 


ミレイユが、

ふと山の方を見る。


 


その瞬間。


 


息が止まった。


 


見張り台の方角。


 


そこから、

黒い煙が上がっていた。


 


夜空を汚すように。


 


ゆっくり。


 


ゆっくりと。


 


煙が昇っている。


 


「……っ」


 


敵が来た。


 


理解した瞬間。


 


全身の血が冷えた。


 


村へ戻ろうとしたミレイユを、

ジークが必死に引っ張る。


 


「行っちゃ駄目だ!!」


 


叫び声だった。


 


その声に。


 


ミレイユは、

初めて気づく。


 


ジークも、

怖がっている。


 


それでも。


 


自分を守ろうとしている。


 


屋敷が見えた。


 


玄関前で、

アンネが叫んでいる。


 


「早く!!」


 


普段の落ち着いた姿ではなかった。


 


髪が乱れている。


 


顔色も青い。


 


ミレイユとジークは、

息を切らしながら駆け込んだ。


 


その瞬間。


 


アンネが、

強くミレイユを抱きしめる。


 


「よかった……!」


 


震える声。


 


ミレイユは、

目を見開いた。


 


アンネが、

こんな声を出すなんて。


 


「アンネ……」


 


だが。


 


次の瞬間。


 


アンネの顔が、

険しく変わる。


 


「早く隠れてください」


 


低い声だった。


 


ミレイユは、

息を呑む。


 


「でも……!」


 


村のみんなが。


 


そう言いかけた瞬間。


 


アンネが、

強く首を振った。


 


「ここは大丈夫です!」


 


言い聞かせるように。


 


自分にも。


 


「旦那様がいらっしゃいます」


 


クロヴィス。


 


その名前だけが、

最後の希望みたいだった。


 


アンネは、

二人の背を押す。


 


向かった先は、

屋敷の奥。


 


薄暗い物置部屋だった。


 


「静かにしていてください」


 


「絶対に、

声を出しては駄目です」


 


その言葉と同時に。


 


二人は、

半ば押し込まれるように中へ入れられた。


 


バタン。


 


扉が閉まる。


 


暗闇。


 


埃の匂い。


 


狭い空間。


 


ミレイユは、

自分の呼吸音がうるさく感じた。


 


外から音がする。


 


走る足音。


 


怒鳴り声。


 


何かが割れる音。


 


時折聞こえる、

短い悲鳴。


 


ミレイユの肩が、

小さく震える。


 


その時。


 


ぎゅっ。


 


隣から、

手が握られた。


 


ジークだった。


 


震える手。


 


けれど。


 


必死に、

ミレイユの手を握っている。


 


暗闇の中。


 


二人は、

息を殺した。


 


時間の感覚が、

消えていく。


 


どれくらい経ったのか。


 


数分だったのか。


 


数時間だったのか。


 


わからない。


 


ただ。


 


外の音だけが、

ずっと怖かった。


 


そして。


 


――ギィ……


 


突然。


 


扉が開いた。


 


二人の体が、

びくりと跳ねる。


 


朝日が、

細く差し込んだ。


 


眩しさに、

ミレイユは目を細める。


 


そこに立っていたのは。


 


アンネだった。


 


「……もう大丈夫です」


 


かすれた声。


 


二人は、

ゆっくり物置から出る。


 


廊下は静かだった。


 


静かすぎた。


 


ミレイユは、

ふらつく足で窓へ向かう。


 


外を見る。


 


朝焼けだった。


 


空は綺麗なのに。


 


村から、

煙が上がっている。


 


黒く。


 


ゆっくりと。


 


ミレイユの喉が、

ひゅっと鳴る。


 


「……みんなは?」


 


小さな声だった。


 


アンネは、

答えない。


 


ただ。


 


静かに目を伏せる。


 


その沈黙だけで。


 


十分だった。


 


ミレイユの指先が、

冷たくなる。


 


アンネは、

ゆっくり口を開く。


 


「……しばらくは、

ここにいてください」


 


その声は、

妙に静かだった。


 


まるで。


 


何かを隠しているように。

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