収穫祭の夜
夕暮れ時。
村の空気は、
どこか浮き立っていた。
収穫祭の日。
一年で、
最も賑やかな夜になる。
そのはずだった。
だが。
村の入口近くで、
ジークは眉を寄せていた。
「……ここ三日ほど、
太郎がずっと吠えているんです」
隣にいたミレイユが、
視線を上げる。
犬の太郎は、
山の方角を睨みつけるように唸っていた。
毛を逆立て。
低い声を漏らしながら。
ヴゥゥゥ――……
普段の太郎とは違う。
明らかに警戒している。
ジークは不安そうに続けた。
「今日の夜は収穫祭なのに……」
ミレイユは、
静かに山を見る。
赤く染まる木々。
風に揺れる森。
異常は見えない。
だが。
胸の奥が、
ざわついた。
ミレイユは、
すぐに口を開く。
「……一応、
見張りを増やしてもらいましょう」
「何かあってからじゃ遅いもの」
ジークが頷く。
その時。
後ろから、
明るい声が飛んできた。
「ミレイユちゃーん!」
振り返れば、
村人達が木箱を抱えていた。
中には、
大量の野菜。
赤いトマト。
胡瓜。
芋。
麦。
今年の実りだった。
「出荷する分まとめたよ!」
誇らしそうな声。
ミレイユの表情が、
ぱっと明るくなる。
「わぁ……!」
木箱を覗き込み、
嬉しそうに笑った。
「これだけあれば、
たくさんお金が貰えますね!」
「今年の冬は、
去年よりずっと安泰です!」
村人が、
豪快に笑う。
「ははっ!
楽しみだなぁ!」
その笑顔は、
去年にはなかったものだった。
夜。
村の中央には、
大きな鍋が置かれていた。
肉と野菜の香りが、
辺りへ広がっていく。
火が揺れる。
笑い声が響く。
酒を飲む男達。
歌う女達。
走り回る子供達。
村は、
幸福に包まれていた。
「ミレイユ!」
小さな声に、
ミレイユが振り返る。
そこにいたのは、
まだ幼い男の子だった。
両手で、
小さな鉢を抱えている。
「見て!」
「貰った苗、
実がなったんだ!」
「白い実!」
ミレイユが、
目を丸くする。
鉢には、
小さなイチゴが実っていた。
まだ青白い。
けれど確かに、
命が育っている。
ミレイユは、
優しく笑った。
「それが赤くなったら、
食べられますよ」
「食べたら幸せになれます」
男の子の顔がぱっと輝く。
「じゃあ!」
「母ちゃんに一番に食べさせたい!」
その言葉に。
ミレイユは、
少しだけ目を細めた。
「……それは最高ですね」
火が揺れる。
笑い声が響く。
誰かが歌い始める。
人々が笑い合う。
幸せだった。
確かに。
この瞬間だけは。
――ヴゥゥゥゥゥッ!!!
突然。
太郎の唸り声が、
村へ響き渡った。
空気が止まる。
犬が、
狂ったように山へ向かって吠えていた。
ミレイユの表情が変わる。
次の瞬間。
ガシャンッ!!
誰かの皿が落ちた。
村人が、
ふらりと揺れる。
「……え?」
一人。
また一人。
地面へ崩れ落ちていく。
ドサッ。
ドサッ。
鍋の横で。
酒を持ったまま。
笑ったまま。
人が倒れる。
静寂。
そして。
「きゃあああああっ!!」
女の悲鳴が、
夜を切り裂いた。
子供が泣く。
鍋が倒れる。
誰かが叫ぶ。
「な、なんだこれ……!」
「起きろ!!」
「おい!!」
混乱。
恐怖。
さっきまでの幸福が、
音を立てて崩れていく。
ミレイユは、
息を呑んだ。
その時。
風が吹く。
山の方から。
冷たい風が。
太郎は、
なおも吠え続けていた。
まるで。
“何か”が来ると知っているように。
――幸せが壊れた音がした。




