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第一王位継承者として

「彼女がうまれ育った場所へ行きたいのです」


 


食堂は、一瞬で静まり返った。


 


長いテーブルには、

今日も豪華な料理が並んでいる。


焼き立てのパン。


香草を振られた肉料理。


宝石みたいな果物。


湯気を立てるスープ。


 


……以前の私なら、

何も考えず口にしていた。


 


けれど今は違う。


 


この料理の向こう側に、

誰かの労働が見えてしまう。


 


土を耕す手。


眠い目を擦りながら迎える朝。


痩せた家畜。


天候に怯える農民。


 


台風で潰れた畑。


それでも、

「今年も頑張るべ」と笑っていた人たち。


 


そして。


 


『どうして貴族だけ豪華な食事があるのよ』


 


あの叫び声が、

今も耳から離れない。


 


ミレイユは、

真っ直ぐ両親を見つめた。


 


「飢えとは何か」


 


国王の眉が動く。


 


「彼女の言葉の真意とは何か」


 


王妃が、不安そうに目を細めた。


 


「それを確かめるために――私は彼女の生まれ育った場所へ行きたいのです」


 


沈黙。


 


重い空気が流れる。


 


やがて国王が、

低い声で口を開いた。


 


「そんな必要などない」


 


即答だった。


 


「姫たる者が、わざわざ貧民街へ行く必要はない」


 


ミレイユは、

小さく拳を握る。


 


「……必要です」


 


国王が目を細めた。


 


だがミレイユは逸らさない。


 


「私は、この国の第一王位継承者です」


 


静かな声だった。


 


けれど、

その場の誰よりも強かった。


 


「ならば私は、知らなければいけない」


 


風が窓を揺らす。


 


「民を導く立場として」


 


脳裏に浮かぶ。


泥だらけの長靴。


『いただきます』と笑う人たち。


 


命を繋ぐため、

朝から晩まで働いていた背中。


 


「飢えを知らずに、国など背負えません」


 


国王と王妃が、

ゆっくり顔を見合わせた。


 


長い沈黙。


 


やがて。


 


国王は深く息を吐いた。


 


「……無茶をするな」


 


その声は、

国王としてではなかった。


 


「お前は、死にかけたのだぞ」


 


ミレイユの瞳が、

わずかに揺れる。


 


「ありがとうございます」


 


その声は、

以前の傲慢な王女のものではなかった。


 


 


廊下を歩いていると、

小さな囁き声が聞こえた。


 


「最近の姫様、人が変わったようだ」


「以前は使用人にも怒鳴ってばかりだったのに……」


「読書までされているらしい」


「まるで別人だ」


 


くすりと笑う声。


 


「刺されてよかったんじゃないか?」


 


その瞬間。


 


「馬鹿!! そんなこと言ったら処刑されるぞ!」


 


慌てた声が重なる。


 


ミレイユは、

足を止めなかった。


 


……その通りだ。


 


以前の私は、

世間知らずだった。


 


ワガママで。


傲慢で。


何も知らなかった。


 


食べ物が、

どれだけ大切なものかも。


 


命が、

どれだけ重いのかも。


 


何一つ知らないまま、

王女として生きていた。


 


ずきり、と。


 


腹部の傷が痛む。


 


まだ完全には治っていない。


 


けれどミレイユは、

歩みを止めなかった。


 


私は思い出してしまったのだ。


 


五十嵐 麦として生きた人生を。


 


土の匂いを。


汗を流す苦労を。


命をいただく重みを。


 


――なら。


 


この記憶には、

きっと意味がある。


 


ミレイユは、

そっと胸元を握る。


 


だから私は。


 


知らなければならないのだ。


 


この国を。


 


民を。


 


そして――飢えを。

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