その王女、牛糞を撒く
春の陽射しが、
辺境の村を照らしていた。
雪解けを終えた大地は、
まだ少し湿っている。
そんな中――
牛舎の前には、
大量の村人達が集められていた。
男達。
女達。
子供達までいる。
皆、
困惑した顔をしていた。
そして。
その中心で。
ミレイユが、
やたらキラキラした笑顔を浮かべていた。
嫌な予感しかしない。
ジークは、
静かに目を閉じた。
ミレイユが、
ぱっと両手を広げる。
「皆さん!!」
元気いっぱいだった。
「今日は牛糞を畑へ撒きますよー!!」
沈黙。
風だけが吹き抜ける。
そして次の瞬間。
「……はぁ?」
村人達の顔が、
一斉に引き攣った。
「糞?」
「牛の?」
「畑に!?」
完全に嫌そうだった。
ミレイユは、
にこにこ頷く。
「はい!」
「大丈夫です!」
「去年からちゃんと発酵させていました!」
さらっととんでもないことを言った。
バルが、
腕を組みながら鼻を鳴らす。
「……お前、
このために溜めてやがったのか」
「もちろんです!」
誇らしげだった。
村人達が、
ざわつく。
「だめだだめだ!」
「糞なんか撒いたら、
畑が糞だらけになるぞ!!」
「臭くて食えたもんじゃねぇ!」
「正気か!?」
批判が飛ぶ。
だが。
ミレイユは、
全く怯まなかった。
むしろ。
「待ってました!」
みたいな顔をした。
ジークが、
嫌な予感を覚える。
そして案の定。
ミレイユの目が、
きらりと輝いた。
「皆さん!」
びしっと畑を指差す。
「去年の土、
覚えていますか!?」
村人達が、
ぽかんとする。
ミレイユは、
真剣な顔になった。
「土が硬かった」
「水がすぐ流れた」
「作物の育ち方にムラがあった」
「葉の色も薄かった」
村人達の顔色が、
少し変わる。
ミレイユは、
畳み掛けるように続けた。
「それは土が痩せているからです!」
「栄養が足りていないんです!」
春風が、
金色の髪を揺らした。
ミレイユは、
地面を掴む。
湿った土が、
小さな手から零れ落ちる。
「牛糞は、
ただの糞じゃありません」
真っ直ぐな瞳。
「発酵させれば、
土を育てる栄養になります」
「微生物が増えて」
「土が柔らかくなって」
「水持ちも良くなる」
「根も張りやすくなるんです」
村人達が、
静かになっていく。
ミレイユは、
さらに続けた。
「去年、
皆さんの畑を見て回りました」
「この畑は水はけが悪い」
「あっちは逆に乾きやすい」
「この土は硬すぎる」
「こっちは栄養不足」
村人達が、
目を見開く。
見ていたのか。
そんなところまで。
ミレイユは、
ゆっくり顔を上げた。
「だから」
小さな声。
けれど。
誰より真っ直ぐだった。
「今年は、
土から変えたいんです」
沈黙。
風が吹く。
ミレイユは、
ぎゅっと拳を握った。
「……わたくしを」
金色の瞳が、
村人達を見る。
「信じてくれませんか?」
静かな声だった。
けれど。
その場の誰より、
強かった。
村人達が、
黙り込む。
その時だった。
「僕、
ミレイユ信じる!」
子供の声だった。
振り返る。
去年、
芋穴作りを手伝っていた少年だ。
少年は、
真っ直ぐミレイユを見た。
「だって!」
「ミレイユのおかげで、
冬誰も死ななかったもん!」
空気が、
変わる。
別の子供も、
頷いた。
「牛さんも助かったし!」
「ボタン鍋も美味しかった!」
「深沓も暖かかった!」
子供達が、
次々と言葉を重ねる。
その声を聞きながら。
大人達は、
静かに顔を見合わせた。
やがて。
一人の男が、
深くため息を吐く。
「……失敗したら」
ぶっきらぼうな声。
「今年こそ終わりだぞ」
ミレイユが、
ぱっと顔を上げる。
男は、
頭を掻いた。
「でも」
ちらりと、
ミレイユを見る。
「お前さん、
今まで間違えなかったからな」
その瞬間。
ミレイユの顔が、
ぱあっと明るくなった。
「ありがとうございます!!」
満面の笑みだった。
そして次の瞬間。
びしっと指を差す。
「それでは皆さん!!」
完全に指揮官だった。
「牛糞を運び出してください!!」
「その後、
畑へ均等に撒きます!!」
「そこから耕しますよー!!」
村人達が、
一斉に動き始める。
湯気を上げる発酵堆肥。
鍬の音。
土の匂い。
春の辺境に。
新しい命の準備が、
静かに広がっていった。




