その部屋だけ春だった
その日は、
朝から雨だった。
しとしと、と。
静かな雨音が、
公爵邸の窓を叩いている。
外仕事もできず。
村人達も、
今日は家へ籠もっているらしかった。
そんな中――
「……はぁ」
長いため息と共に、
アンネが廊下へ出てきた。
その顔は、
完全に疲れ切っていた。
ジークが、
思わず足を止める。
「……どうしました」
アンネは、
遠い目をした。
「見ればわかります」
静かな声だった。
だが。
どこか諦めを含んでいる。
嫌な予感しかしなかった。
ジークは、
恐る恐るミレイユの部屋の前へ立つ。
こんこん、とノック。
返事はない。
ゆっくり扉を開けた。
そして。
即座に閉めた。
沈黙。
見てはいけないものを見た気がした。
その瞬間。
ばんっ!!
勢いよく扉が開く。
「ちょっと!!」
ミレイユだった。
「用事あったんじゃないの!?」
ジークが、
目を逸らす。
「……いえ、
大丈夫です」
「遠慮しないで!」
ミレイユが、
ぐいぐい腕を引っ張る。
「アンネには呆れられてしまったけど!」
にっこり。
「あなたなら大丈夫よね?」
ジークは、
全然大丈夫じゃなかった。
部屋へ入った瞬間。
「…………」
絶句した。
部屋中。
本当に、
部屋中だった。
机の上。
窓際。
棚。
床。
ありとあらゆる場所に。
謎の容器が並んでいた。
しかも。
そこから。
にょきにょきと、
何かが生えている。
ジークが、
ゆっくり瞬きをする。
「……これは」
ミレイユが、
ぱあっと笑った。
「さつまいもよ!」
得意げだった。
容器の中では、
さつまいもから大量の芽が飛び出している。
しかも。
別の鉢からは、
小さな双葉まで顔を出していた。
完全に部屋が畑だった。
ジークが、
真顔になる。
「何故、
王女の部屋で芽吹いているんですか」
「私が全部やったわ!」
誇らしげだった。
いや。
あなた以外に誰がやるんですか。
ジークは、
頭を押さえる。
ミレイユは、
嬉しそうに鉢を持ち上げた。
「見て!」
「発芽したの!」
完全にテンションが高い。
しかも止まらない。
「トマトはね、
種を取り出した後に水へ入れて発酵させるの!」
「周りのヌルヌルを取るためよ!」
ジークが、
無言になる。
ミレイユは止まらない。
「あと浮いてくる種はダメ!」
「中身が詰まってない可能性が高いから!」
「ちゃんと沈んだ種を乾燥させて――」
「待ってください」
ジークが、
静かに手を上げる。
「何を言っているんですか」
ミレイユが、
きょとんと瞬きをした。
「種の選別よ?」
当たり前みたいに言った。
意味がわからない。
ミレイユは、
窓際へ駆け寄る。
そこには、
ずらりと並んだ鉢。
小さな芽達が、
雨空の光を浴びていた。
ミレイユは、
幸せそうに笑う。
「植えるの!」
両手を広げる。
「春って最高ね!!」
「春、
大好き!!」
その笑顔は、
太陽みたいだった。
ジークは、
しばらく黙っていた。
窓を叩く雨音。
土の匂い。
部屋中に並ぶ芽。
泥だらけの王女。
そして。
植物を見つめながら、
心の底から嬉しそうに笑う顔。
……本当に、
なんなんだこの人は。
理解できない。
でも。
なぜか。
その部屋だけは、
春そのものみたいに暖かかった。




