同じ鍋を囲む夜
その日――
辺境の公爵邸へ、
一団の騎士たちが訪れていた。
雪を踏みしめる馬。
荷馬車。
そして。
見覚えのある赤毛。
「レオン様!」
ミレイユが、
ぱあっと顔を輝かせる。
レオンは、
思わず苦笑した。
「……お久しぶりです、ミレイユ様」
「こんなに早く再会できるなんて、
思ってもいませんでした!」
ミレイユは、
嬉しそうに駆け寄る。
騎士たちは、
どこか安心した顔をした。
元気そうだった。
辺境へ送られた王女。
泣いているかもしれない。
痩せているかもしれない。
そんな想像をしていた。
だが実際は。
頬を赤くしながら、
雪の中を走り回っている。
しかも。
なぜか藁を背負っていた。
「……何をされているんですか」
レオンが、
真顔で聞く。
ミレイユは、
にこっと笑った。
「牛衣です!」
意味がわからなかった。
その後。
公爵邸へ荷物を運び終えた騎士たちは、
暖炉の前で休憩を取っていた。
久々の再会に、
ミレイユは上機嫌だった。
「もうお帰りになるんですか?」
隊長が温かい茶を飲みながら答える。
「いえ、明日の出発予定です」
「道が予想以上に晴れていて、
早く着きましたので」
すると。
ミレイユの顔が、
ぱっと明るくなった。
「あらっ!」
嫌な予感がした。
近くにいたレオンが静かにカップを置く。
ミレイユは、
満面の笑みで言った。
「それなら、
お力添えをお願いします!」
数時間後――
なぜか騎士たちは、
山の中にいた。
雪混じりの森。
冷たい空気。
レオンが、
真顔で聞く。
「……ミレイユ様」
「はい!」
「何故、
我々は山にいるのですか」
ミレイユは、
当然のように答えた。
「イノシシを獲っていただきたいのです!」
騎士たちが、
沈黙する。
意味がわからなかった。
だが。
ミレイユの瞳は、
本気だった。
「冬は栄養が偏ります!」
「脂質も必要です!」
「あと温かい鍋は幸福度が上がります!」
熱弁だった。
完全に。
レオンは、
遠い目をした。
……この人、
本当に王女なんだよな?
そして。
騎士たちは、
何故か本気でイノシシ狩りを始めた。
村へ戻った頃には、
空が赤く染まり始めていた。
そして。
公爵邸の厨房。
「すみません!」
ミレイユが、
勢いよく扉を開ける。
料理人達が、
びくっと肩を揺らした。
「大きなお鍋を貸してください!」
数十分後――
辺境の村の広場には。
巨大な鍋が置かれていた。
ぐつぐつと、
湯気が立ち上る。
漂う香りに、
村人達がざわつき始める。
そして。
木箱の上へ乗ったミレイユが、
元気よく叫んだ。
「みなさーん!!」
ぱっと、
村人達の視線が集まる。
ミレイユは、
満面の笑みだった。
「今日はボタン鍋でーす!!」
村人達が、
どよめく。
「野菜を一つ持ってきてくだされば、
誰でも食べられますよー!」
その瞬間。
子供達が、
歓声を上げた。
女達が慌てて家へ走る。
老人達まで、
そわそわし始める。
そして。
鍋の横では。
ミレイユが、
普通にイノシシを捌いていた。
騎士達が、
固まる。
「……え?」
包丁の扱いが、
妙に慣れている。
しかも。
無駄がない。
隊長が思わず止めに入る。
「ミレイユ様!」
その瞬間。
ミレイユが、
ぱっと振り返った。
そして。
口元へ指を当てる。
「しーっ!」
小声だった。
「ここでは、
わたくし愛人の隠し子設定なんですから!」
騎士達が、
完全に固まる。
「……は?」
意味がわからない。
だが。
その時だった。
村人達が、
次々と集まってくる。
「おぉ〜!」
「騎士様達が獲ってきてくれたんですか!?」
隊長が慌てて口を開く。
「いや、我々は――」
だが。
ミレイユが、
勢いよく割り込んだ。
「そうなんです!!」
騎士達が、
目を見開く。
ミレイユは、
にこにこ笑いながら続けた。
「寒さに負けるなって!」
「騎士様自ら、
村の皆さんを励ましに来てくださったんですよ!」
「なんと素晴らしい!!」
勝手に話を盛った。
村人達の目が、
一気に輝く。
「ありがてぇ……!」
「騎士様達も一緒に!」
「酒持ってくるぞ!!」
騎士達が、
困惑して顔を見合わせる。
だが。
悪い気はしなかった。
村人達は、
本当に嬉しそうだった。
やがて。
辺境の夜に、
笑い声が広がっていく。
ぐつぐつ煮える鍋。
湯気。
赤く染まる頬。
騎士も。
村人も。
子供も。
皆、
同じ鍋を囲んで笑っていた。
レオンは、
静かにミレイユを見る。
鍋をよそいながら。
誰より楽しそうに笑う、
小さな王女。
その瞬間。
隣の騎士が、
ぽつりと呟いた。
「あぁ……」
火を見つめながら。
静かな声で。
「この方が、
国の王女になってくださったら」
湯気の向こう。
ミレイユが、
子供達と笑っている。
その姿は、
まるで冬の太陽みたいだった。
騎士は、
小さく笑う。
「どれだけ、
笑顔の絶えない国になるんだろうな」




