牛衣
辺境の地へ、
その年初めての雪が落ちた。
白い粒が、
空からゆっくり舞い降りる。
乾いた大地。
茶色かった畑。
牛舎の屋根。
全てが、
少しずつ白へ染まり始めていた。
牛舎の前で。
ミレイユは、
空を見上げて目を輝かせる。
「バルじいさん!!」
元気な声が、
雪空へ響いた。
「雪よ!!」
バルは、
干し草を抱えたまま鼻を鳴らす。
「見りゃわかる」
ぶっきらぼうだった。
ミレイユは、
わくわくした顔で雪へ手を伸ばす。
掌へ、
小さな雪が落ちた。
「わぁ……冷たい」
少し嬉しそうだった。
バルは、
空を見上げる。
灰色の雲。
冷たい風。
「……今日から冷えるぞ」
低い声だった。
辺境の冬は、
甘くない。
ミレイユは、
ゆっくり牛舎を振り返る。
そこには。
白い息を吐く牛たち。
桜子がいなくなってから。
ミレイユは、
以前よりもっと牛達へ声をかけるようになっていた。
ミレイユは、
牛たちへ歩み寄る。
「そうね」
優しい声。
「あなた達も、
今日から寒さに耐えるのよ」
そっと、
牛の首を撫でる。
「頑張りましょうね」
「モォ〜」
牛が、
ゆっくり鼻を鳴らした。
ミレイユが、
ふふっと笑う。
雪は、
静かに降り続けていた。
それから――
辺境の冬が始まった。
朝は、
吐く息が白く凍る。
水桶には氷。
土は固まり。
風は、
肌を切るみたいに冷たい。
ミレイユは、
毎日変わらず牛舎へ通っていた。
朝の搾乳。
夕方の搾乳。
餌の確認。
牛の体温確認。
だが。
それ以外の時間。
ミレイユは、
珍しく部屋へ籠るようになっていた。
ジークは、
少し気になっていた。
あの落ち着きのない王女が。
最近、
外へ飛び出していない。
熱でも出したのか。
まさか、
冬の寒さで体調を崩したのでは。
そう思ったジークは、
夕方。
ミレイユの部屋を訪れた。
こんこん。
扉を叩く。
すると。
「はーい!」
中から、
いつもの元気な声が返ってきた。
ジークは、
少しだけ安心する。
扉を開けた。
そして。
固まった。
「…………何をしているんですか」
部屋の中。
そこには。
大量の藁があった。
床。
机。
椅子。
ありとあらゆる場所に、
藁。
しかも。
その中心で。
ミレイユが、
真剣な顔で何かを編んでいた。
ジークが、
目を瞬かせる。
「……何ですか、それは」
すると。
ミレイユの顔が、
ぱあっと明るくなった。
「あら!」
嬉しそうだった。
「いらっしゃい!」
そして次の瞬間。
当然みたいに言った。
「手伝ってくれるの?」
「違います」
即答だった。
だがミレイユは、
全く聞いていない。
藁を掲げる。
「牛衣を作っているのよ!」
「……ぎゅうい?」
ミレイユは、
得意げに胸を張った。
「牛さん用の防寒着です!」
ジークの思考が、
止まる。
ミレイユは、
藁を編みながら説明を始めた。
「寒さで体力を消耗すると、
乳量も落ちるでしょう?」
「特に痩せ気味の子は危険なの」
「だから保温!」
「藁は空気を含むから、
断熱効果が高いんです!」
止まらない。
「本当は防水加工したいけど、
材料不足だから今回は諦めました!」
「でも重ね編みにすれば、
ある程度はいけるはず――」
「待ってください」
ジークが、
頭を押さえる。
「なぜ牛に服を着せようと思ったんですか」
すると。
ミレイユが、
きょとんと瞬きをした。
「寒いからです」
当然だった。
ジークは、
黙り込む。
ミレイユは、
真剣な顔で藁を編み続ける。
その小さな指は、
もう慣れたものだった。
やがて。
ミレイユが、
ちらりとジークを見る。
そして。
にこっと笑った。
「はい!」
藁の束を押し付ける。
「あなたはそこ編んでください!」
「……なぜ僕が」
「相棒だからです!」
またそれだった。
ジークは、
深くため息を吐く。
だが。
気づけば、
藁を受け取っていた。
窓の外では。
雪が、
静かに降り続けていた。




