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理想論

それから数日後――


 


辺境の村には、

次々と“芋穴”が作られていった。


 


家の裏。


 


風通しの良い日陰。


 


深く掘られた穴の中には、

藁が敷かれ。


 


大切そうに、

野菜が運び込まれていく。


 


最初は疑っていた村人たちも。


 


今では。


 


「こっちもっと深く掘れ!」


 


「藁追加持ってこい!」


 


「ネズミ入る隙間埋めろ!」


 


すっかり本気だった。


 


子供達も、

泥だらけで笑っている。


 


ミレイユは、

そんな光景を見て満足そうに頷いた。


 


「完璧です!」


 


ジークが、

疲れ切った顔で呟く。


 


「……最近、

穴しか掘ってない気がします」


 


「素晴らしいことですね!」


 


「全然素晴らしくありません」


 


即答だった。


 


だが。


 


その灰色の瞳は、

どこか柔らかかった。


 


村が変わり始めている。


 


それを。


 


ジーク自身も、

感じ始めていた。


 


――だが。


 


問題は、

まだ終わっていなかった。


 


 


その日の夕方。


 


ミレイユの姿は、

公爵邸の応接室にあった。


 


クロヴィス・バンディアが、

静かに書類へ目を通している。


 


その前へ。


 


ミレイユは、

ずいっと身を乗り出した。


 


「塩が欲しいです」


 


部屋が、

静まり返る。


 


クロヴィスが、

ゆっくり顔を上げた。


 


「……塩?」


 


低い声。


 


ミレイユは、

真剣な顔で頷く。


 


「肉や魚を塩漬けにしたいのです」


 


「保存性が一気に上がります」


 


「冬場の食料確保にも――」


 


だが。


 


クロヴィスは、

静かに言葉を切った。


 


「塩など、

貴族の物だ」


 


空気が、

ぴたりと止まる。


 


ミレイユが、

ぱちりと瞬きをした。


 


「……では」


 


静かな声。


 


「庶民は、

塩を食べられないのですか?」


 


クロヴィスは、

眉一つ動かさない。


 


「あぁ」


 


即答だった。


 


「当たり前だ」


 


その瞬間。


 


ミレイユの顔から、

表情が消えた。


 


沈黙。


 


やがて。


 


「……はぁ」


 


深いため息が、

部屋へ落ちる。


 


クロヴィスの眉が、

ぴくりと動いた。


 


ミレイユは、

横にいたジークを見る。


 


「塩が使えないなら」


 


真面目な顔だった。


 


「木枯らしに当てて、

乾燥させるしかないわね」


 


「燻製も視野に入れましょう」


 


「あと地下保存と併用すれば――」


 


ぶつぶつ考え始める。


 


クロヴィスが、

静かに目を細めた。


 


「本当に」


 


低い声。


 


「冬の間、

死者が出ないとでも思っているのか?」


 


ミレイユの思考が、

ぴたりと止まる。


 


クロヴィスは、

鋭い灰色の瞳でミレイユを見据えた。


 


「その考えは、

理想論だ」


 


「冬は人を殺す」


 


「どれだけ備えても、

奪われる命はある」


 


静かな声だった。


 


だが。


 


そこには、

辺境を守り続けてきた男の現実が滲んでいた。


 


ミレイユは、

黙ってクロヴィスを見る。


 


そして。


 


ゆっくり口を開いた。


 


「思っています」


 


空気が、

張り詰める。


 


ミレイユの金色の瞳には、

迷いがなかった。


 


「だから今、

こうして行動しているんです」


 


小さな拳を、

ぎゅっと握る。


 


「備えることの、

何がいけないのですか?」


 


クロヴィスが、

黙る。


 


ミレイユは、

さらに一歩前へ出た。


 


「“どうせ死ぬ”から何もしないんですか?」


 


「“仕方ない”で終わらせるんですか?」


 


その声は、

怒っていた。


 


けれど。


 


泣きそうでもあった。


 


桜子を失った日から。


 


ミレイユは、

ずっと命と向き合っていた。


 


助けられない命があることも、

知ってしまった。


 


それでも。


 


諦めたくなかった。


 


クロヴィスが、

低く吐き捨てる。


 


「お前は甘い」


 


「経験が足りん」


 


すると。


 


ミレイユの瞳が、

かっと燃えた。


 


「だから経験しているんです!!」


 


ばんっ――!!


 


小さな手が、

机を叩く。


 


ジークが、

息を呑む。


 


ミレイユは、

真っ直ぐクロヴィスを睨んでいた。


 


「知らないまま、

諦めたくないんです!!」


 


「何もしないまま、

“仕方ない”なんて言いたくないんです!!」


 


部屋が、

静まり返る。


 


クロヴィスは、

無言だった。


 


灰色の瞳だけが、

静かに揺れている。


 


やがて。


 


ミレイユは、

ぐっと唇を噛む。


 


そして。


 


「……失礼します」


 


くるりと背を向けた。


 


怒った足音。


 


ばんっ、と扉が閉まる。


 


部屋に沈黙が落ちた。


 


ジークは、

何も言えなかった。


 


父を見る。


 


去っていったミレイユを見る。


 


そして初めて。


 


少しだけ、

わからなくなっていた。


 


現実を知る父が正しいのか。


 


それとも。


 


それでも抗おうとする、

あの王女が正しいのか。

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