小さな革命
秋風が、
辺境の村を吹き抜けていた。
冬は、
もう近い。
皆、
生きるために動いている。
そんな中――
村の中央で。
一人の少女が、
木箱の上へ立っていた。
「さぁ!!」
元気な声が、
村へ響く。
「皆さん!
次は皆さんのお家の近くへ穴を掘ってください!」
村人たちが、
ぽかんと顔を上げる。
ミレイユは、
びしっと地面を指差した。
「風通しの良い日陰が理想です!」
「藁を敷けば、
野菜が長期保存できます!」
完全に演説だった。
村人たちが、
ざわつく。
「……なんだぁ?」
「また始まったぞ」
「今度は穴掘りか?」
ミレイユは、
真っ直ぐ村人たちを見た。
金色の瞳が、
真剣だった。
「去年動物の被害があったと聞きました」
空気が、
少しだけ変わる。
ミレイユは、
静かに続けた。
「保存していた野菜が駄目になって」
「何人か亡くなられたことも聞きました」
村人たちが、
黙り込む。
笑っていた男も。
薪を抱えていた女も。
誰も、
何も言えなかった。
ミレイユは、
小さな拳を握る。
「だから今年こそ」
真っ直ぐ前を見る。
「死者を一人も出さないようにしましょう」
風が吹いた。
だが。
返ってきたのは、
冷たい空気だった。
「……子供が何言ってんだ」
低い声。
畑帰りの男だった。
「今がどれだけ忙しい時期かわかってんのか?」
「冬前なんだぞ」
「遊んでる暇なんかねぇ」
周囲も、
気まずそうに目を逸らす。
ミレイユは、
ぴたりと止まった。
サイロを作った時は。
皆、
面白がって見ていた。
でも。
“自分達も動け”と言われた瞬間。
空気が変わった。
ミレイユは、
唇を噛む。
その時だった。
隣で、
ジークが静かに口を開いた。
「……皆、必死なんだよ」
灰色の瞳が、
村人達を見る。
「あの人は去年、
息子を亡くした」
「あの人も」
「あの人もだ」
ミレイユが、
小さく目を見開く。
冬は。
この村から、
毎年誰かを奪っていく。
それが、
辺境だった。
沈黙。
やがて。
ミレイユは、
ぐっと拳を握る。
そして次の瞬間。
「なら!」
ぱっと顔を上げた。
「私たちだけで作りましょう!」
村人たちが、
きょとんとする。
ミレイユは、
にっこり笑った。
「作ってくれないなら、
勝手に作ります!」
「だから文句言わないでくださいね!」
とんでもない理論だった。
ジークが、
嫌な予感を覚える。
そして案の定。
ミレイユが、
ぐいっと彼の手を掴んだ。
「行きますよ!」
「……え?」
「また僕もですか?」
ミレイユは、
満面の笑みを浮かべる。
「当然です!」
そして。
当たり前みたいに言った。
「あなたはもう私の相棒ですから!」
ジークの思考が、
一瞬止まる。
周囲の村人たちも、
静まり返った。
相棒。
公爵家嫡男へ向ける言葉じゃなかった。
だが。
ミレイユは、
全く気にしていない。
そのまま、
スコップを担いで歩き出す。
ジークは、
深くため息を吐いた。
「……断る権利は?」
「ありません!」
即答だった。
数分後――
二人は、
村人の家の裏で穴を掘っていた。
ざくっ。
ざくっ。
土が積み上がっていく。
ジークが、
汗を拭う。
「……どこまで掘るんですか」
ミレイユは、
真顔で答えた。
「一・五メートル!」
「大人の身長くらいかしら?」
ジークの顔が、
引き攣る。
「地獄では?」
すると。
ミレイユが、
ぴたりとスコップを止めた。
夕陽が、
金色の髪を照らす。
「いいえ」
真っ直ぐな瞳。
「これがあれば」
静かな声だった。
けれど。
どこまでも強かった。
「誰も、
天国にも地獄にも行かせません」
ジークの呼吸が、
止まる。
ミレイユは、
また土を掘り始めた。
ざくっ。
ざくっ。
小さな身体で。
必死に。
ひたすら。
黙々と。
その姿を。
村人たちは、
遠くから見ていた。
「……なぁ」
老人が、
ぽつりと呟く。
「あいつら」
「本気だぞ」
別の男が、
苦い顔をする。
「だめだだめだ」
「子供の思いつきだ」
「そんな穴で冬越せるか」
だが。
誰も、
目を逸らせなかった。
泥だらけになりながら。
手を真っ赤にしながら。
それでも掘り続ける二人から。
その時だった。
「……俺もやる」
小さな声。
振り返る。
そこにいたのは、
村の子供だった。
スコップを抱えている。
「お、おい」
大人が止める。
だが少年は、
唇を引き結んだ。
「妹死なせたくねぇもん」
空気が、
止まった。
ミレイユが、
ゆっくり顔を上げる。
そして。
ぱあっと笑った。
「ありがとうございます!!」
その笑顔は、
太陽みたいだった。
やがて。
一人。
また一人。
少しずつ、
人が集まり始める。
土を運ぶ者。
藁を持ってくる者。
穴を掘る者。
そしてついに。
「……失敗したら恨むからな」
村の男が、
ぶっきらぼうにスコップを握った。
ミレイユは、
泥だらけの顔で笑う。
「えぇ!」
元気いっぱいだった。
「恨んでもらって結構です!」
そして。
真っ直ぐ、
村人たちを見た。
「でも」
夕陽が、
その金髪を燃えるように染める。
「死者が出なかったら、
その時は褒めてくださいね!」
その瞬間。
辺境の村で。
小さな革命が、
静かに始まっていた。




