辺境公爵は信じない
翌朝――
牛舎には、
のどかな朝の空気が流れていた。
藁の匂い。
牛たちの低い鳴き声。
朝日が差し込み、
埃が金色に舞っている。
そんな中。
牛舎の入り口から、
元気な声が響いた。
「おはようございます!」
老人が、
ぎろりと振り返る。
そして次の瞬間。
「……なんだその格好」
思わず眉をひそめた。
ミレイユは、
ふふんっと胸を張る。
「今日はちゃんと作業服です!」
得意げだった。
昨日のドレス姿とは違う。
生成り色のシャツ。
動きやすそうなズボン。
長靴。
しかも。
なぜか頭には、
布まで巻いていた。
完全に働く気満々だった。
老人が、
なんとも言えない顔になる。
「最近の餓鬼は
そんな格好するもんなのか?」
「します!」
即答だった。
ミレイユは、
ずんずん牛舎へ入ってくる。
「ほら見てください!」
くるり、と一回転。
「汚れても大丈夫仕様です!
逃げた牛も全力で追いかけられますよ」
老人は、
しばらく黙っていた。
そして。
「……気合い入ってんな、おい」
ぼそりと呟く。
ミレイユは、
にぱっと笑った。
「素敵でしょう?」
朝日を受けて、
金色の髪が揺れる。
昨日より、
ずっと楽しそうだった。
その頃――
屋敷では。
アンネが、
珍しく声を荒げていた。
「旦那様!!」
応接室へ、
鋭い声が響く。
クロヴィスは、
書類へ目を落としたままだった。
「なぜ許可を出されたのですか!?」
アンネの額には、
うっすら青筋が浮いている。
「殿下は王女なのですよ!?」
「また牛舎へ行かれました!」
「しかも今度は作業服です!!」
クロヴィスは、
書類をめくる。
ぱさり。
まるで興味がないみたいだった。
アンネが、
さらに詰め寄る。
「旦那様、聞いていらっしゃいますか!?」
すると。
クロヴィスは、
ようやく鼻を鳴らした。
「ふん」
低い声。
「すぐにわかるだろう」
アンネが、
ぴたりと止まる。
クロヴィスは、
淡々と続けた。
「土を触るのも」
「家畜の世話も」
「毎日続ければ、
綺麗事では済まん」
灰色の瞳が、
静かに細められる。
「一年もしないうちに、
諦める」
その声は、
冷たかった。
まるで。
今まで何人もの“理想家”を見てきた男みたいに。
アンネは、
少しだけ唇を噛む。
だが。
脳裏には、
泥だらけで笑っていたミレイユの姿が浮かんでいた。
――本当に、
諦めるだろうか。
なぜか。
そんな気が、
しなかった。




