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辺境公爵邸の食卓

夜――


 


辺境公爵邸の食堂には、

静かな灯りが落ちていた。


 


長い木製のテーブル。


 


壁に掛けられた燭台が、

柔らかな橙色の光を揺らしている。


 


王城のような豪奢さはない。


 


けれど。


 


無駄のない整えられた空間には、

この土地を守る人々の気配があった。


 


「ミレイユ殿下、こちらへ」


 


アンネに案内され、

ミレイユは席へ腰を下ろす。


 


向かいにはクロヴィス。


 


その隣には、

ジークが静かに座っていた。


 


食卓には、

すでに料理が並べられている。


 


焼き立てのパン。


 


温かなスープ。


 


そして――


 


じゅう、と香ばしい音を立てる、

牛肉のステーキ。


 


ミレイユは、

ぱちぱちと瞬きをした。


 


……おいしそう。


 


だが次の瞬間。


 


ミレイユの視線が、

自分の皿で止まる。


 


大きい。


 


明らかに、

自分だけ大きかった。


 


ちらり、と隣を見る。


 


ジークの皿に乗っているステーキは、

半分ほどの大きさしかない。


 


ミレイユは、

しばらく肉を見比べた。


 


それから。


 


近くに控えていたアンネへ、

こそりと声をかける。


 


「……アンネ」


 


「はい」


 


「このお肉、少し大きいみたい」


 


アンネが、

静かに皿を見る。


 


「殿下は王族ですので」


 


穏やかな返答だった。


 


ミレイユは、

むむ、と眉を寄せる。


 


「食べきれないかもしれません」


 


「その際は、お残しになられてください」


 


その言葉に。


 


ミレイユの眉が、

ぴくりと動いた。


 


……残す。


 


脳裏に浮かぶ。


 


廃棄される食材。


 


泣いていた侍女。


 


硬いパンを食べていた騎士たち。


 


ミレイユは、

すっとジークを見る。


 


灰色の瞳。


 


無表情。


 


綺麗な姿勢で、

静かにナイフを持っている。


 


そして。


 


やはり、

肉は小さい。


 


ミレイユは、

にこりと笑った。


 


「ジーク様」


 


ジークが、

静かに視線を上げる。


 


「はい」


 


「お肉、交換してくださらない?」


 


沈黙。


 


食堂の空気が、

ぴたりと止まった。


 


アンネが、

一瞬だけ目を見開く。


 


ジークも、

珍しく瞬きをした。


 


だが次の瞬間。


 


「やめておけ」


 


低い声が、

食卓へ落ちた。


 


クロヴィスだった。


 


鋭い灰色の瞳が、

真っ直ぐミレイユを見る。


 


「殿下には殿下の食事量が計算されている」


 


ミレイユは、

むぅ、と頬を膨らませる。


 


「ですが、残すのは――」


 


「残さなければいい」


 


即答だった。


 


ミレイユが、

ぴたりと止まる。


 


クロヴィスは、

淡々と続けた。


 


「自分が食べ切れる量を把握するのも管理能力の一つだ」


 


「多すぎるなら、次回から調整させればいい」


 


「だが」


 


銀灰色の瞳が、

鋭く細められる。


 


「感情だけで配分を変えるな」


 


食堂が静まり返る。


 


ミレイユは、

言葉に詰まった。


 


クロヴィスはさらに続ける。


 


「お前が“可哀想だから”と譲れば」


 


「次は別の者が遠慮を始める」


 


「その積み重ねは、

いずれ全体の配分を崩す」


 


低く、

重い声。


 


まるで軍議だった。


 


「食事は感情で分けるものではない」


 


「管理するものだ」


 


ミレイユは、

ぐぬぬ、と顔をしかめる。


 


……頭硬い。


 


すごく硬い。


 


石なの?


 


いやでも。


 


言ってることは、

ちょっとわかるのが悔しい。


 


ジークは、

静かに食事を続けていた。


 


助け舟を出す気は、

一切ないらしい。


 


ミレイユは、

じぃっと大きな肉を見る。


 


分厚い。


 


でかい。


 


でも。


 


残したくない。


 


ミレイユは、

ぎゅっとナイフを握った。


 


「……食べます」


 


ぼそり。


 


クロヴィスが、

静かに頷く。


 


ミレイユは、

肉を切る。


 


が。


 


硬い。


 


「……んぐ」


 


小さな口で、

もぐもぐ頑張る。


 


飲み込む。


 


また切る。


 


もぐもぐ。


 


必死だった。


 


その様子を見ていたジークの灰色の瞳が、

ほんの少しだけ揺れる。


 


ミレイユは、

じわりと涙目になりながら肉を噛んだ。


 


……多い。


 


でも。


 


残したくない。


 


絶対。


 


もぐもぐ。


 


もぐもぐ。


 


食堂には、

妙な静寂が流れていた。


 


アンネは、

静かに視線を逸らしている。


 


使用人たちも、

誰も声を出せない。


 


その中で。


 


クロヴィスだけが、

じっとミレイユを見ていた。


 


やがて。


 


ミレイユは、

最後の一切れを口へ押し込む。


 


「……んく」


 


ごくり。


 


飲み込んだ。


 


数秒後――


 


ぱたり。


 


ミレイユは、

机へ突っ伏した。


 


「お腹いっぱいです……」


 


死にそうな声だった。


 


沈黙。


 


そして次の瞬間。


 


「……ふっ」


 


小さく。


 


本当に小さく、

ジークが吹き出した。


 


ミレイユが、

がばっと顔を上げる。


 


「いま笑いました!?」


 


「笑っていません」


 


「笑いました!!」


 


「気のせいです」


 


真顔だった。


 


だが。


 


その灰色の瞳だけは、

ほんの少しだけ柔らかく見えた。

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