血塗れの王女
階段を、駆け上がる。
痛い。
息が苦しい。
腹部の傷が裂けるたび、熱い血が流れ落ちた。
白い寝衣を、赤が染めていく。
それでも――足は止まらない。
だって。
彼女は命懸けで、私に訴えたのだ。
“少しは民のことを考えろ”と。
あの絶望の瞳で。
涙を流しながら。
自分が死ぬと分かっていても、
なお私に“知れ”と叫んだのだ。
ならば。
このまま処刑させるわけにはいかない。
「姫様!! お待ちください!!」
背後で騎士たちが叫ぶ。
だがミレイユは振り返らない。
長い廊下を抜ける。
重い扉へ手をかけた。
開いた瞬間――
怒号が、耳を裂いた。
「殺せ!!」
「裏切り者!!」
「王族に刃を向けた大罪人だ!!」
処刑広場。
無数の民衆。
飛び交う石。
罵声。
熱気。
憎悪。
その中心で。
縄に縛られ、膝をつく女がいた。
メイド服は泥と血で汚れ、
頬には痣が浮かんでいる。
それでも女は、
何も言わず前を見ていた。
処刑人が、大きな鎌を振り上げる。
その瞬間。
「待ちなさい」
少女の声が、広場に響いた。
ざわり――と。
空気が揺れる。
民衆が一斉に顔を上げた。
騎士たちが息を呑む。
王城の上。
そこに立っていたのは――
ミレイユ・ヴェルディア。
風が吹く。
金色の髪が揺れた。
純白の寝衣は、
腹部から流れる血で真っ赤に染まっている。
手すりを掴む指先も、
血で濡れていた。
「……姫様?」
誰かが、呆然と呟く。
「なんで……」
「血が……」
さっきまで響いていた怒号が、
波が引くように消えていく。
処刑人すら、
鎌を持ったまま動けない。
ミレイユは荒い呼吸を繰り返した。
痛い。
立っているだけで、
視界が揺れる。
それでも、
彼女は真っ直ぐ前を向いた。
「私は――知る必要があります」
静まり返った広場に、
少女の声だけが響く。
「この国を継ぐ者として」
風が吹く。
金の髪が揺れる。
「彼女の言葉の意味を」
脳裏に焼き付いて離れない。
涙を流しながら叫んだ、
あの声。
『どうして貴族だけ豪華な食事があるのよ』
胸が痛む。
傷口じゃない。
もっと奥だ。
ミレイユは、
処刑台の女を見つめた。
「そして――」
その瞳が、
真っ直ぐ処刑台を射抜く。
「彼女が、命を懸けてまで私に伝えようとした意図を」
広場は、静まり返っていた。
石を握っていた男が、
ゆっくりと手を下ろす。
怒鳴っていた女も、
言葉を失っている。
誰もが、
血まみれの王女を見上げていた。
ただ一人。
処刑台の女だけが。
信じられないものを見るように、
目を見開いていた。
そして――
ぽろりと。
涙が零れ落ちる。
それはきっと。
初めてだったのだ。
自分たちの痛みを、
王族が“人間”として見ようとした瞬間が。




