価値観を変える王女
それから数日――
ミレイユは、
毎食を騎士たちと共に過ごした。
最初は遠慮していた騎士たちも。
今では、
同じ鍋を囲むことが当たり前になっていた。
移動中には、
レオンと話す時間も増えた。
騎士の家柄。
地方の暮らし。
庶民の生活。
王城の外にある現実を、
ミレイユは少しずつ知っていく。
そこでわかったことがある。
王城で働く者たちは、
最低限の読み書きができる。
けれど。
大半の庶民には、
文字を学ぶ場所すら存在しないこと。
「本が読めない……?」
ある日。
ミレイユが呆然と呟くと、
レオンは苦笑した。
「本は高価ですから」
「学校は?」
「庶民にはありません」
ミレイユは、
静かに黙り込んだ。
風が、
馬車の窓を揺らしていく。
読み書きができなければ。
契約も。
記録も。
知識も。
誰かに奪われる。
その現実が、
ミレイユの胸に重く沈んだ。
そして――
「明日、到着予定です」
その夜。
隊長の言葉に、
焚き火の周囲が静まった。
辺境へ着く。
つまり。
ここで、
騎士たちとは別れる。
ぱちり、と薪が鳴る。
騎士たちの表情は、
どこか暗かった。
最初は、
厄介な任務だと思っていた。
癖の強い王女を、
辺境へ運ぶ仕事。
そう思っていた。
だが。
気づけば皆、
この時間を心地よいと思ってしまっていた。
同じものを食べ。
笑い合い。
くだらない話をして。
そんな日々が、
不思議と温かかった。
若い騎士が、
ぽつりと呟く。
「……姫様は」
言葉を迷う。
それでも、
絞り出すように続けた。
「怖く、ないんですか」
沈黙。
焚き火の火が、
ミレイユの金髪を揺らした。
辺境送り。
六歳の少女。
本来なら、
泣いていてもおかしくない。
けれど。
ミレイユは、
穏やかに首を傾げた。
「皆さん」
静かな声。
「わたくしを、可哀想だと思っていますか?」
騎士たちが、
息を呑む。
ミレイユは、
怒っていなかった。
ただ、
本当に不思議そうだった。
「でもそれは」
焚き火を見つめながら、
ゆっくり続ける。
「皆さんの価値観で、
わたくしを見ているだけです」
風が吹く。
火が、
ゆらりと揺れた。
「王城に残ることが幸せ」
「豪華なお食事を食べることが幸せ」
「何不自由なく暮らすことが幸せ」
小さな声。
けれど、
誰より真っ直ぐだった。
「本当に、そうでしょうか?」
騎士たちは、
何も言えない。
ミレイユは、
静かに笑った。
「わたくし、この旅でたくさん知りました」
「文字を学べない人がいること」
「働いているのに、
温かい食事を食べられない人がいること」
「生まれだけで、
未来を決められてしまう人がいること」
その瞳が、
真っ直ぐ前を向く。
「王城にいた頃のわたくしは、
何も知りませんでした」
小さな拳を、
ぎゅっと握る。
「だからわたくしは」
焚き火が、
ぱちりと鳴る。
「十年で、
わたくし自身の価値観も、
この国の価値観も変えます」
空気が、
止まった。
「身分だけで人を測る国を」
「知らないことを、
“仕方ない”で終わらせる国を」
「頑張っている人が、
報われない国を」
ミレイユは、
堂々と顔を上げた。
まだ幼い。
小さな王女。
けれどその瞬間だけは。
誰よりも、
王らしく見えた。
「少しずつ、
変えてみせます」
静寂。
誰も、
言葉を発せない。
ミレイユは、
まっすぐ騎士たちを見た。
そして。
ふわりと笑った。
「その時は――」
焚き火の向こうで、
金色の瞳が優しく細められる。
「今日みたいに、
また皆さんと一緒にご飯を食べましょうね」
その瞬間。
騎士たちの胸の奥で、
何かが熱く燃えた。
誰も、
返事ができなかった。
ただ。
この小さな王女の未来を、
見届けたいと思ってしまった。
レオンは、
呆然とミレイユを見つめる。
……この人は。
本当に。
国を変えるつもりなのかもしれない。
焚き火の向こうで。
未来の王が、
静かに笑っていた。




