食べるものに困らない未来
馬車は、
ゆっくりと街道を進んでいた。
窓の外では、
王都の景色が少しずつ遠ざかっていく。
その中で。
ミレイユだけが、
ずっと楽しそうに笑っていた。
「わたくし、お父様を怒らせて辺境送りになったんです」
ころころとした声。
「……まぁ、そんなことは知っていますよね」
レオンは、
なんとも言えない顔をした。
追放される人間が、
こんな顔で笑うだろうか。
しかも、
十年だ。
子供にとって、
あまりにも長い。
なのに。
ミレイユは、
まるで遠足へ向かう子供みたいに窓の外を眺めていた。
「レオン様は、好きな食べ物はありますか?」
「……え?」
突然の質問だった。
「わたくしは果物が好きです!
特に干した林檎!
噛めば噛むほど甘くなるんですよ」
楽しそうに語る。
「あと、焼きたてパンの匂いも好きです」
ふわりと笑う。
「嫌いなのは苦い薬草茶です」
「…………」
レオンは、
返事に困った。
だがミレイユは止まらない。
「朝焼けも好きです!」
窓の外を指差す。
「空が桃色になる瞬間、
なんだか世界が優しく見えませんか?」
金色の髪が、
陽を受けて揺れる。
「あと、雨上がりの土の匂いも好きです」
その瞬間。
レオンの眉が、
ぴくりと動いた。
王女の口から、
“土の匂い”なんて言葉が出ると思わなかった。
「さぁ!」
ミレイユが、
ぱっとこちらを見る。
「次は、貴方のことを教えてちょうだい!」
にこにこと笑っている。
レオンは、
少しだけ言葉に詰まった。
どうして。
この人は、
こんなにも知りたがるんだ。
けれど。
気づけば、
口が動いていた。
「……レオン・グラディース男爵家です」
「四男坊」
ミレイユの目が、
ぱっと輝く。
「あら!」
嬉しそうな声。
「四人兄弟なのですね!」
身を乗り出す。
「賑やかそうで素敵です!」
レオンは、
少しだけ目を瞬かせた。
素敵?
今まで、
そんな風に言われたことはなかった。
四男坊など、
家督も継げない。
ただ余るだけの存在だ。
けれど。
ミレイユは、
本気で羨ましそうに笑っている。
「……実家の領地は、ほぼ農作物が取れません」
するとミレイユは、
ぱちぱちと瞬きをした。
それから。
「まぁ!」
また笑った。
「ほぼ取れないということは、完全に取れないわけではないんですね!」
レオンが、
思わず固まる。
ミレイユは、
興味津々といった顔で続けた。
「ちなみに何が取れるんですか?」
「え……」
「土は赤土?黒土?
水路はあります?
雨は多いですか?」
矢継ぎ早の質問。
その瞳は、
本気だった。
まるで。
宝物の話でも聞くみたいに。
レオンは、
困惑する。
どうして。
痩せた土地の話を、
そんな目で聞けるんだ。
「……豆です」
少し遅れて、
ぽつりと答える。
「痩せた土地でも育つので」
すると。
ミレイユの顔が、
ぱっと明るくなった。
「まぁ!素敵!」
両手を合わせる。
「豆は栄養価も高いですし、保存も効きます!」
嬉しそうだった。
本当に。
心の底から。
レオンは、
言葉を失う。
今まで。
そんな風に、
領地を褒められたことなんてなかった。
貧しい土地。
外れ領地。
王都では、
そう馬鹿にされていたのに。
ミレイユは、
まるで価値あるものを見るみたいに笑う。
レオンは、
気づけば口を開いていた。
「……こんな事を聞いて、どうするんですか」
馬車が、
小さく揺れる。
ミレイユは、
窓の外を見た。
流れていく景色。
遠ざかる王都。
そして。
静かに呟く。
「私は、知る必要があるんです」
その声から、
笑みが消えていた。
レオンが、
思わず息を呑む。
ミレイユは、
真っ直ぐ前を見つめたまま続ける。
「全ての民のことを」
小さな手が、
ぎゅっと握られる。
「全ての貴族のことを」
脳裏に浮かぶ。
飢えた村。
泣く子供。
捨てられる食べ物。
「誰が、何に苦しんでいるのか」
金色の瞳が、
静かに揺れる。
「何を食べて生きているのか」
そして。
ミレイユは、
ゆっくりレオンを見た。
「全ての人が」
その声は、
静かだった。
けれど。
誰よりも強かった。
「食べるものに困らず、笑って生きていける未来を作りたいんです」
馬車の中が、
静まり返る。
レオンは、
ただ呆然とミレイユを見つめていた。
六歳の少女。
辺境へ追放される王女。
なのに。
どうして。
この人は――
こんなにも、
未来の話をするのだろう。




