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王女の置き土産

出発前日の夜。


 


王城の廊下は、

いつもより静かだった。


 


誰もが知っている。


 


明日、

第一王女ミレイユは辺境へ送られる。


 


その事実が、

城全体を重たく沈めていた。


 


そんな中。


 


ミレイユの姿は、

また食糧庫にあった。


 


「……やはり、ここでしたか」


 


低い声に、

ミレイユが振り返る。


 


立っていたのは料理長だった。


 


大柄な男は、

困ったように眉を下げる。


 


ミレイユは、

いつものように笑った。


 


「こんばんは、料理長」


 


その顔を見た瞬間。


 


料理長の胸が、

少しだけ痛んだ。


 


明日、

この子はいなくなる。


 


まだ六歳なのに。


 


「……明日ですね」


 


ぽつりと零れた声。


 


ミレイユは、

少しだけ目を細めた。


 


「えぇ」


 


けれど次の瞬間には、

ぱっと表情を明るくする。


 


「それより、これ!」


 


どさっ――


 


大きな袋が、

机の上へ置かれる。


 


料理長が目を瞬かせた。


 


「……なんですか?」


 


袋を開ける。


 


中には、

色鮮やかなものが詰まっていた。


 


赤。


橙。


黄色。


 


薄く切られ、

乾燥された果実。


 


「これは……」


 


料理長が、

目を見開く。


 


ミレイユは、

得意げに胸を張った。


 


「廃棄されたゴミで作ったドライフルーツよ!」


 


その言葉に、

近くにいた料理人たちがぎょっとする。


 


だがミレイユは気にしない。


 


袋から一つ摘み上げると、

ぱくりと口へ放り込んだ。


 


もぐもぐと咀嚼し――


 


ぱっと顔を輝かせる。


 


「うん!我ながら上出来!」


 


その無邪気な笑顔に、

誰も言葉を返せなかった。


 


ミレイユは、

袋を料理長へ押し付ける。


 


「お腹が空いた時、みんなで食べて」


 


料理長の喉が、

小さく動く。


 


「ですが……」


 


言葉が続かない。


 


そんなものを受け取れば、

また問題になるかもしれない。


 


けれど。


 


ミレイユは、

ふわりと笑った。


 


「これは、私の置き土産」


 


静かな声だった。


 


「次に帰ってくる時は――」


 


小さな手が、

ぎゅっと握られる。


 


「知恵と知識をつけて」


 


真っ直ぐ、

前を向いたまま。


 


「身も心も、大きくなって帰ってくるから」


 


料理長の胸が、

強く締め付けられる。


 


この子は、

本当に六歳なのだろうか。


 


王族らしくない。


 


けれど。


 


誰よりも、

“王”に近い。


 


そんな錯覚すら覚えた。


 


ミレイユは、

にこりと笑う。


 


「それまで、お願いね」


 


食糧庫は静まり返っていた。


 


料理人たちは、

誰一人として動けない。


 


若い料理人の一人は、

俯いたまま唇を噛んでいた。


 


侍女は、

目元を押さえている。


 


こんなのおかしい。


 


誰もが、

そう思っていた。


 


国のために怒った王女が。


 


食べ物を無駄にしたくないと願った子供が。


 


どうして、

追放されなければならないのか。


 


だが、

誰にも何も言えない。


 


王命は絶対だった。


 


そんな重苦しい空気の中で――


 


ミレイユだけが、

いつも通りだった。


 


「あ、でも流石に“ゴミ”なら文句言われないと思って!」


 


ころころと笑いながら、

乾燥方法を説明し始める。


 


「水分を飛ばすだけでも甘みが増すの!

あとね――」


 


料理長は、

その姿を見つめる。


 


胸の奥が、

熱かった。


 


もし。


 


もしこの子が、

いつか本当に国を背負う日が来たなら。


 


きっと。


 


この国は、

変わる。


 


飢える人を減らし。


 


泣く子供を減らし。


 


“命を粗末にしない国”になる。


 


そんな未来を――


 


ほんの少しだけ、

夢見てしまった。

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