隣を歩いてくれませんか?
王都近郊――
馬車が揺れていた。
金色の髪は三つ編み。
服装は、
どこにでもいる町娘。
王女の面影は、
ほとんどない。
「本日は赤髪ではないのですね」
向かい側。
ルシアンが、
穏やかに口を開く。
ミレイユは、
露骨に嫌そうな顔をした。
「えぇ」
短い返事。
それだけだった。
機嫌が悪い。
非常に悪い。
なぜなら。
本日は。
ルシアン同伴だからである。
隣に座るレオンが、
静かに窓の外を見る。
関わらない方がいい。
そう判断していた。
賢明だった。
「何か不満でも?」
ルシアンが微笑む。
「別に」
「そうですか」
「そうです」
空気が重い。
レオンは思った。
二人とも子供かと。
⸻
やがて。
馬車が止まる。
目の前に広がるのは、
広大な土地だった。
畑。
川。
牛。
鶏。
学習棟。
食堂。
遊び場。
子供達の笑い声。
ミレイユは、
ゆっくり建物を見上げる。
そして。
小さく微笑んだ。
「素晴らしいですね」
その声には、
満足が滲んでいた。
自分が作りたかった場所。
理想の形。
それが、
確かにそこにあった。
その瞬間。
「ふざけんじゃねぇ!!」
怒鳴り声。
空気が揺れる。
ミレイユが振り返った。
職員達が、
数人がかりで少年を押さえつけている。
暴れている。
必死に。
獣みたいに。
そして。
その顔を見た瞬間。
ミレイユの目が見開かれた。
「あなた!」
痩せ細った身体。
傷だらけの腕。
鋭い目。
忘れるはずがない。
地下牢の少年だった。
ミレイユは、
ぱっと笑う。
さっきまでの不機嫌が、
嘘みたいに消えていた。
「お久しぶりです」
少年が固まる。
思い出した。
地下牢。
捕まっていた女。
そして、何故か脱出した女。
「お前!!」
少年が叫ぶ。
「盗賊か!?」
「違います」
即答だった。
「じゃああの技術教えろ!」
「技術?」
「鎖だよ!!どうやって抜けた!!」
ミレイユは少し考えた。
そして。
「わたくし手先が器用なんです」
「ふざけんな!!」
即座に怒鳴られた。
ルシアンが吹き出しそうになる。
レオンは遠い目をした。
始まった。
そう思った。
「それより」
ミレイユが首を傾げる。
「どうして暴れているのですか?」
職員が答えた。
「孤児院から抜け出そうとしていたんです」
少年が吐き捨てる。
「信用できねぇ」
「ここにいたらまた売られる」
空気が重くなる。
だが。
ミレイユは怒らなかった。
少しだけ考える。
そして。
「抜け出してどちらへ?」
「盗みでもやる」
即答だった。
ミレイユは、
ぱちりと瞬きをする。
「腕は達者なのですか?」
「は?」
「盗みです」
真顔だった。
「得意なんですか?」
少年の額に青筋が浮く。
「やったことねぇよ!」
「まぁ」
ミレイユが目を丸くする。
「未経験なのですね」
「うるせぇ」
「鎖も抜け出せませんし」
「だからそれ関係ねぇだろ!!」
ミレイユは、
少年を上から下まで眺めた。
遠慮なく。
本当に遠慮なく。
そして。
ふう、とため息を吐く。
「そんな痩せ細っていては」
少年が睨む。
ミレイユも睨み返す。
「返り討ちですね」
即答だった。
沈黙。
職員達が固まる。
ルシアンが額を押さえる。
レオンは空を見た。
止めない。
もう止めない。
「せいぜい一年でしょうか」
ミレイユが続ける。
「寿命です」
「は?」
「可哀想に」
心底同情した顔だった。
「わたくしと同じくらいの年齢なのに」
「あと一年程度しか生きられないなんて」
少年の顔が真っ赤になる。
「ふざけんな!!」
「では何年生きられるのですか?」
「知らねぇよ!」
「計画もないのですね」
「うるせぇ!!」
ミレイユは腕を組む。
完全に煽っていた。
「無経験」
「無計画」
「痩せ細り」
「鎖も抜けられない」
一拍。
そして。
心底不思議そうに言った。
「盗賊向いてます?」
職員達が吹き出した。
少年が本気でキレる。
「無知なお前に何がわかる!!」
怒鳴り声。
ミレイユは、
しばらく少年を見つめていた。
怒り。
恐怖。
不信。
全部わかる。
だから。
彼女は否定しなかった。
「信用できないのは当然です」
静かな声だった。
「だって」
金色の瞳が、
真っ直ぐ少年を見る。
「あなた達を売ろうとしていたのは、
大人なのですから」
少年が息を呑む。
職員達も黙った。
ミレイユは続ける。
「わたくしが同じ立場でも、
きっと誰も信用しません」
風が吹く。
畑が揺れる。
遠くで子供達の笑い声が聞こえる。
「新しい施設を作ったからといって」
「新しい服を用意したからといって」
「傷が消えるわけではありません」
「怖かった記憶も、裏切られた記憶も、
そんな簡単に無くならないでしょう」
少年は黙って聞いていた。
ミレイユは、
小さく息を吐く。
そして。
少しだけ胸を張った。
「ですが」
その声は、
今までより強かった。
「あなた達をあの場所から救ったのは」
ミレイユは言いかけて。
ふと、隣を見た。
赤髪の騎士。
あの日、
自分を助けようとして。
最後まで隣にいた男。
「……わたくし達です」
静かな声だった。
「わたくし一人ではありません」
「ここにいる皆が」
「命を懸けて」
「あなた達を守りました」
静寂。
「そして、これからも守ります」
ルシアンが目を細める。
レオンは何も言わない。
ただ静かに聞いていた。
「わたくしたちは強いです」
迷いのない声。
「邪悪な大人から、
あなた達を守ることができます」
「お腹が空けば食べ物を用意します」
「文字が読めなければ教えます」
「働きたいなら仕事も探します」
「怪我をしたら治療します」
「だから」
ミレイユは笑った。
いつものように。
まっすぐに。
「信じてくださいとは言いません」
少年の目が揺れる。
「ただ」
金色の瞳が細められる。
「隣を歩いてくれませんか?」
「信じるかどうかは」
「その後で決めればいいですから」




