婚約者なので
謹慎明けの朝――
王城の廊下。
ミレイユは晴れやかな顔で歩いていた。
実に晴れやかだった。
なぜなら。
本日。
ようやく謹慎が明けたからである。
「さぁ王都へ出かけましょう」
隣を歩くレオンが即答した。
「反省していましたか?」
「それはもちろん!」
ミレイユは胸を張る。
「心から反省し」
「ルシアン様のお説教にも耐え」
「己の軽率さを深く省みました」
「それは結構」
珍しくまともだった。
本当に珍しく。
だが。
次の瞬間。
廊下の角を曲がる。
そして。
ミレイユは固まった。
目の前。
そこには。
金髪。
深緑の瞳。
完璧な笑顔。
ルシアン・エヴァルド。
未来の宰相。
そして。
最も遭遇したくない男。
「ごきげんよう、殿下」
終わった。
ミレイユは本能で悟った。
今日は終わった。
「ご、ごきげんよう」
引きつった笑顔だった。
ルシアンは気付いている。
確実に気付いている。
だが。
何も言わない。
ただ優雅に微笑む。
それが怖い。
「本日はどちらへ?」
穏やかな声。
穏やかな質問。
なのに。
嫌な予感しかしない。
「ちょっと」
ミレイユは笑う。
ぎこちなく。
非常にぎこちなく。
「園庭でも」
「なるほど」
ルシアンは頷いた。
一拍。
そして。
静かに首を傾げる。
「今先ほど」
深緑の瞳が細められる。
「王都へ出かけましょう、と聞こえましたが」
沈黙。
まずい。
ものすごくまずい。
「あはは」
ミレイユは笑った。
「聞き間違いでは?」
「私の耳は良い方です」
即答だった。
逃げ道が消えた。
ミレイユは横を見る。
助けを求めて。
切実に。
だが。
レオンは静かに視線を逸らした。
裏切った。
完全に裏切った。
「レオン様」
「何でしょう」
「何か仰ることは?」
「特に」
レオンは平然と言った。
「ここは王城ですので」
「夫婦設定は適用されません」
「そんな……!」
ミレイユが絶望する。
レオンは続けた。
「そもそも夫婦設定が必要だったのは潜入任務中です。
現在は不要かと」
非情だった。
実に非情だった。
すると。
隣でルシアンが頷く。
「安心しました」
ミレイユが振り返る。
嫌な予感しかしない。
「何がです?」
「いえ」
深緑の瞳が細められる。
「夫婦設定が不要なのであれば問題ありません」
「?」
ルシアンは微笑む。
実に穏やかに。
実に優雅に。
そして。
何でもないことのように言った。
「婚約者がおりますので」
沈黙。
ミレイユが固まる。
レオンは窓の外を見た。
助ける気はなかった。
「殿下」
「……はい」
「本日の視察ですが」
「はい」
「婚約者としてお供いたします」
沈黙。
「え?」
「婚約者ですので」
当然のような声だった。
逃げ場はなかった。
「監視も兼ねて」
ミレイユは本気で泣きそうになった。
レオンは思った。
やはり謹慎は短すぎたのではないかと。




