優雅な尋問
部屋へ入ってきた男は、
今日も隙がなかった。
金髪。
深緑の瞳。
整った顔立ち。
上質な黒の礼服。
ルシアン・エヴァルド。
宰相家嫡男。
そして。
ミレイユの婚約者だった。
「お久しぶりです、殿下」
優雅な一礼。
完璧だった。
ミレイユも微笑む。
「お久しぶりです」
「急な訪問にも関わらず、
お時間をいただきありがとうございます」
「謹慎中ですので、
時間だけはあります」
ルシアンの口元が、
わずかに緩んだ。
「そうでしたね」
静かな応酬。
侍女が紅茶を置き、
部屋を後にする。
扉が閉まった。
その瞬間。
ミレイユは確信した。
これは雑談ではない。
ルシアンは、
何かを確認しに来ている。
そして。
おそらく。
今回の件だ。
「本日はどうされました?」
先に口を開いたのは、
ミレイユだった。
ルシアンは、
カップへ手を伸ばす。
「お怪我は良くなりましたか?」
ミレイユは頷く。
「えぇ」
「怪我をすることもなく――」
言葉が止まった。
ルシアンが、
静かに首を傾げたからだ。
「?」
「私は前回お会いした時のお話をしております」
沈黙。
ほんの一瞬だけ。
ミレイユの思考が止まる。
やられた。
だが。
表情は崩さない。
「そうでしたね」
優雅に微笑む。
「失礼いたしました」
ルシアンも笑った。
それ以上は追及しない。
だから余計に怖い。
「今回」
ルシアンが、
静かに話題を変えた。
「王都で人身売買組織が摘発されたそうですね」
「そのようですね」
ミレイユは紅茶を口にする。
「近衛騎士副団長殿が、
大変な功績を残されたとか」
「素晴らしいことです」
「えぇ」
ルシアンは頷く。
「私もそう思います」
沈黙。
だが。
終わらない。
絶対に。
終わらない。
「捕らえられた犯人達の証言も、
いくつか読ませていただきました」
来た。
ミレイユは心の中だけで呟く。
来た。
「そうなのですか?」
「えぇ」
ルシアンは穏やかだった。
穏やかなまま。
剣を抜く。
「不思議な証言がありまして」
「どのような?」
「地下牢へ、
一人の少女が現れたそうです」
ミレイユは微笑む。
「勇敢な方ですね」
「そうですね」
ルシアンも微笑む。
「赤髪だったとか」
「王都には大勢おります」
「金色の瞳だったそうです」
「珍しいですね」
「えぇ」
ルシアンは頷く。
「とても珍しい」
二人とも笑っている。
だが。
空気だけが静かに冷えていく。
「さらに」
ルシアンは続けた。
「その少女は、
副団長殿を“レオン様”と呼んでいたとか」
ミレイユは紅茶を置く。
音一つ立てない。
見事だった。
「仲が良かったのでしょう」
「なるほど」
ルシアンは感心したように頷いた。
そして。
少しだけ身を乗り出す。
「殿下」
「はい」
「もしその少女が、
殿下でないのなら」
「私は安心します」
ミレイユが首を傾げる。
「安心?」
「えぇ」
ルシアンは笑った。
優しく。
穏やかに。
けれど。
逃げ場だけは残さず。
「未来の王女が」
「護衛も付けず」
「人身売買組織へ潜入し」
「地下牢へ単独で侵入し」
「犯罪組織と戦うなど」
一拍。
「そんな無謀な真似をするはずがありませんから」
沈黙。
ミレイユは笑う。
ルシアンも笑う。
どちらも優雅だった。
そして。
どちらも一歩も引いていなかった。
「そうですね」
ミレイユは静かに頷く。
「そのような方がいたら、
ぜひ一度お会いしてみたいものです」
ルシアンの眉が、
ほんのわずかに動いた。
初めてだった。
ミレイユが小さく勝利を確信する。
だが。
次の瞬間。
ルシアンは紅茶を置いた。
「それは難しいでしょう」
「何故です?」
「その少女は」
深緑の瞳が細められる。
「現在、
王城で謹慎中ですから」
沈黙。
――やはり。
最も会いたくない男だった。




