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食べ物に階級はない

王城の使用人棟。


 


ミレイユは、

侍女たちの食事を前にして言葉を失っていた。


 


薄暗い食堂。


小さな木の机。


並べられているのは――


 


色のついただけのスープ。


 


そして、

石みたいに硬い黒パン。


 


それだけだった。


 


湯気すら、

どこか寂しい。


 


侍女たちは慣れた様子で、

黙々とそれを口へ運んでいる。


 


誰も笑っていない。


 


「……これを、食べているのですか?」


 


ミレイユの声に、

侍女たちの肩がびくりと跳ねた。


 


「ひ、姫様……!?」


 


慌てて立ち上がろうとする侍女たちを、

ミレイユは静かに制した。


 


その視線は、

机の上へ釘付けになっている。


 


王城で働き。


朝から晩まで動き回り。


王族の生活を支えている人たちが。


 


毎日、

これを食べている。


 


胸が苦しかった。


 


王族は、

食べ切れないほどの料理を捨てているのに。


 


どうして。


 


同じ城の中で、

こんな差が生まれるの?


 


ミレイユは、

ぎゅっと拳を握る。


 


そして。


 


そのまま、

踵を返した。


 


 


王城地下――食糧庫。


 


「廃棄予定の食材を、全て集めてください」


 


料理長が目を瞬かせた。


 


「……は?」


 


周囲の料理人たちも、

ぽかんと固まっている。


 


ミレイユは真っ直ぐ言った。


 


「まだ食べられる物です」


 


「ですが姫様、規則で――」


 


「集めてください」


 


静かな声だった。


 


だが、

誰も逆らえなかった。


 


やがて料理人たちは、

戸惑いながらも動き出す。


 


少し傷んだ果物。


形の悪い野菜。


切れ端の肉。


余ったパン。


 


本来なら、

捨てられるはずだった食材たち。


 


ミレイユは、

それを静かに見つめる。


 


……命だ。


 


全部。


 


誰かが育てた命。


 


そして次の瞬間。


 


ミレイユは、

棚の奥から白いエプロンを引っ張り出した。


 


袖を捲る。


 


料理長の顔が引き攣る。


 


「な、何をするおつもりですか!?」


 


ミレイユは、

きょとんとした顔で答えた。


 


「料理を作ります」


 


沈黙。


 


料理長が青ざめる。


 


「そ、そんなことをしたら、わたくしが叱られてしまいます!!」


 


「王女を厨房に立たせたなどと知られたら――!!」


 


すると。


 


ミレイユは、

少しだけ悪戯っぽく笑った。


 


「私は姫です」


 


金色の髪を揺らしながら、

堂々と言い放つ。


 


「これは、“姫のわがまま”ですので」


 


そして。


 


「付き合ってください」


 


その瞬間。


 


料理人たちは、

完全に言葉を失った。


 


だが。


 


ミレイユはもう止まらない。


 


包丁を握る。


 


野菜を刻む音が、

厨房へ響いた。


 


トントントントン――


 


迷いのない手つき。


 


料理長の目が、

徐々に見開かれていく。


 


……速い。


 


しかも、

無駄がない。


 


ミレイユは、

次々と食材へ火を通していく。


 


傷みかけた果物は、

砂糖と煮詰めてジャムへ。


 


硬くなったパンは、

スープへ浸して焼き上げる。


 


切れ端の肉と野菜は、

香草と一緒に煮込んで旨味を引き出す。


 


廃棄寸前だった食材たちが、

次々と“料理”へ変わっていく。


 


脳裏で、

前世の記憶が弾ける。


 


農業高校食品科。


 


調理実習。


 


地元スーパーとの共同開発。


 


完売した惣菜パン。


 


『五十嵐ー!追加発注来たぞー!』


 


笑い声。


 


――農業高校食品科を舐めるなよ。


 


命を無駄にしない方法くらい、

叩き込まれてる。


 


やがて。


 


厨房いっぱいに、

温かな匂いが広がっていた。


 


料理長が、

呆然と呟く。


 


「……こんな、短時間で……」


 


ミレイユは、

汗を拭いながら笑った。


 


「出来ました」


 


並べられた料理。


 


湯気を立てるスープ。


焼き立てのパン料理。


甘い果実のジャム。


 


もう、

“廃棄物”には見えなかった。


 


ミレイユは、

料理人たちを見回す。


 


「これを、働いてくださっている皆さんへ持って行ってください」


 


そして。


 


「あなた達も食べてくださいね」


 


料理人たちが固まる。


 


「わ、我々も……ですか?」


 


ミレイユは不思議そうに瞬きをした。


 


「? 作った人が食べないんですか?」


 


その言葉に。


 


年老いた料理人の目が、

じわりと潤んだ。


 


やがて。


 


恐る恐る、

侍女の一人がスープを口へ運ぶ。


 


その瞬間。


 


「……っ」


 


目が見開かれた。


 


温かい。


 


柔らかい。


 


美味しい。


 


硬いパンしか知らなかった口へ、

じんわりと旨味が広がっていく。


 


ぽろり、と。


 


侍女の目から涙が零れ落ちた。


 


「……おいしい……」


 


震える声だった。


 


その一言をきっかけに。


 


次々と、

人々が料理へ手を伸ばしていく。


 


「温かい……」


「パンが、柔らかい……」


 


涙を流しながら、

スープを飲む侍女。


 


夢中でパンを頬張る下働きの少年。


 


その光景を見て。


 


厨房の隅で、

若い見習い料理人がジャムを塗ったパンを一口齧った。


 


そして次の瞬間。


 


ぶわっ、と目元が歪む。


 


慌てて顔を背けた。


 


泣いているのを、

誰にも見られないように。


 


「……っ」


 


肩が震えている。


 


きっと。


 


誰かに、

「美味しい」と言ってもらえる日など来ないと思っていた。


 


料理人は、

作るだけ。


 


貴族のために。


 


王族のために。


 


そういうものだと思っていた。


 


けれど。


 


目の前では。


 


自分たちの作った料理を食べて、

泣きながら笑っている人たちがいる。


 


そして厨房の隅で。


 


料理長だけが、

呆然とミレイユを見つめていた。


 


――食べ物に、階級はない。


 


あの日。


 


王女が口にした言葉が、

脳裏に蘇る。


 


目の前の少女は。


 


本気で、

この国を変えようとしているのだと。


 


料理長は、

初めて理解した。

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