静かなる怒り
地下施設――
薄暗い部屋に、
鈍い音が響いた。
――ドゴッ!!
椅子へ縛り付けられた男の顔が、
勢いよく横へ弾かれる。
血が飛んだ。
床へ落ちる。
だが。
男は声を上げなかった。
赤髪。
鋭い眼差し。
近衛騎士レオン。
その姿は、
既に満身創痍だった。
唇は切れ。
頬は腫れ。
服は血と泥に塗れている。
それでも。
視線だけは死んでいなかった。
「おい」
男の一人が、
レオンの髪を掴み上げる。
「さっさと吐け」
「どこの人間だ」
「何を探っていた」
沈黙。
男は舌打ちした。
そして。
拳を振り下ろす。
――ゴッ!!
鈍い音。
レオンの頭が揺れる。
それでも。
口は開かなかった。
「ちっ……」
男達の顔に、
苛立ちが浮かぶ。
「本当に吐かねぇな」
一人が笑った。
気味の悪い笑みだった。
「なら女を連れてこい」
部屋の空気が変わる。
「夫婦だって言ってたよな?」
「先に女から壊せば、
こいつも喋るだろ」
下卑た笑い声。
レオンの瞳が、
初めて揺れた。
その瞬間。
男達が笑う。
「あぁ?」
「ようやく顔色変わったな」
「大事な嫁か?」
レオンは黙ったまま、
ゆっくり目を閉じた。
怒り。
焦り。
そして。
最悪の予感。
だが。
縄に縛られた今の自分には、
何もできない。
男の一人が、
剣を抜いた。
しゃりん――
冷たい音が響く。
「待て」
別の男が笑う。
「女が来る前にさ」
「腕の一本くらい落としておけ」
「そっちの方が面白い」
男達が笑った。
レオンは、
静かに息を吐く。
覚悟を決める。
せめて。
殿下だけは――
その時だった。
――ドサッ。
妙な音がした。
男達の笑い声が止まる。
剣を持っていた男が、
床へ倒れていた。
首筋へ、
木片が突き刺さっている。
全員が振り返る。
開いたままの扉。
そこに。
一人の少女が立っていた。
赤い髪。
金色の瞳。
細い体。
だが。
右手には奪った剣。
左手には血の付いた木材。
その瞳だけが、
凍るほど冷たかった。
ミレイユは、
ゆっくり部屋へ足を踏み入れる。
男達を見た。
そして。
傷だらけのレオンを見た。
数秒。
沈黙。
金色の瞳が、
静かに細められる。
笑っていた。
だが。
誰一人、
笑顔だとは思えなかった。
ミレイユは、
レオンの前へ立つ。
剣先を男達へ向けながら。
静かに。
それでいて。
はっきりと言った。
「――わたくしの旦那様を」
部屋の空気が凍る。
ミレイユは、
にこりと微笑んだ。
「いじめるのは」
「やめていただけますか?」




