孤児院の地下牢
王都外れ――
馬車を降りた瞬間。
ミレイユは眉をひそめた。
「……空気が悪いですね」
小さな呟き。
目の前に建つのは、
王立孤児院。
本来なら。
王国から補助金が支給され、
保護されるはずの子供達が暮らす場所。
だが。
建物は古かった。
壁はひび割れ。
窓枠は腐り。
庭には雑草が伸び放題。
そして。
子供の笑い声がしない。
レオンが、
静かに目を細める。
「帳簿では、
毎年多額の補助金が下りています」
「えぇ」
ミレイユは頷く。
「だから来たのです」
その時。
孤児院の院長らしき男が、
笑顔で近づいてきた。
「これはこれは」
「若いご夫婦ですな」
嫌な笑顔だった。
ミレイユは、
にこりと微笑む。
「養子を探しておりますの」
「跡取りが必要ですので」
男の目が、
わずかに光った。
「それは結構」
「では中へ」
案内された部屋。
扉が開く。
その瞬間。
部屋の空気が凍った。
十数人の子供達。
全員が痩せている。
全員が俯いている。
そして。
扉が開いた音だけで、
肩を震わせた。
ミレイユの胸が痛んだ。
レオンが、
耳元で小さく言う。
「怯えています」
「えぇ」
ミレイユも気付いていた。
これは人見知りじゃない。
恐怖だ。
ミレイユは膝をつく。
「こんにちは」
小さな女の子へ手を差し出す。
返ってこない。
女の子は、
まるで罰を恐れるように俯いていた。
ミレイユの笑顔が、
少しだけ消える。
「みんな細いですね」
振り返る。
男は笑った。
「補助金が出ませんからな」
「出ない?」
「えぇ」
「我々も苦労しているのですよ」
嘘だ。
ミレイユは確信した。
帳簿の数字と合わない。
合うはずがない。
そして。
部屋を出た瞬間。
ミレイユは言った。
「お手洗いをお借りします」
男は笑顔で頷いた。
「右です」
数分後。
ミレイユは、
一人で廊下を歩いていた。
静かに。
音を立てず。
扉という扉を開ける。
空き部屋。
倉庫。
物置。
そして。
奥の一室。
そこだけ。
妙だった。
床には埃がない。
周囲は積もっているのに。
そこだけ。
誰かが最近歩いている。
ミレイユの瞳が細まる。
「……見つけました」
壁へ手を伸ばす。
かちり。
隠し扉が開いた。
暗闇。
地下へ続く階段。
冷たい空気。
嫌な予感がした。
だが。
ミレイユは進んだ。
そして――
地下牢。
鎖の音。
鉄格子。
湿った臭い。
その中に。
子供達がいた。
一人。
二人。
三人。
六人。
全員が鎖に繋がれていた。
ミレイユの血の気が引く。
「どうして……」
掠れた声。
すると。
最も年長らしい少年が顔を上げた。
痩せ細った顔。
傷だらけの腕。
死んだような目。
そして。
ぽつりと言った。
「逃げろ」
ミレイユが息を呑む。
少年は続ける。
「お前も売られるぞ」
その瞬間。
背後で。
ごりっ――
床板が鳴った。
ミレイユが振り返る。
遅かった。
鈍い衝撃。
視界が揺れる。
少年の目に映ったのは。
巨大な男。
そして。
ゆっくり倒れていく少女だった。
「……あ」
少年が声を失う。
闇が落ちる。
その直前。
ミレイユが最後に見たのは。
地下牢の奥で震える子供達だった。




